第一章 二節 雪めく村でのとある一日
おひさしぶりです、椎名華楠です。
本編の続きになります!
本格的に二人旅が始まってきましたね!
それでは、ごゆっくりとどうぞ。
パチパチと火を焚いている音がイグルー内に響く。
シェーレは暖を取りながら、この先のことを考えていた。
「のう其方、明るいうちに村へ戻った方が良いのではないか?」
少女は毛繕いをしながらシェーレに尋ねる。
相変わらず純白な容貌であるものの、シェーレの服を借りていることもあって街の少女にも見えなくはない。
「戻ることには、戻るけどな。」
シェーレは口ごもるように答える。
「今から行く村は呪術医が多いんだ。」
少女は、それがどうしたのじゃ、と目配せをしてくる。
「呪術医はみんながみんな俺のように薬草を主として扱っているわけじゃない。神や精霊の助けを主としているやつもいる。お前の姿を見たら、神だ精霊だと大騒ぎになるだろうからな。」
「気にしてくれたのじゃな。其方は優しいのう。」
くふっと一笑いして続ける。
「耳と尻尾くらい隠せる。其方に借りた服があればの。」
いらん心配をするなと笑いながら尻尾をパタパタと動かす。
「まあ、神だ精霊だ悪魔憑きだと囃し立てられるのはごめんじゃ。其方もボロを出さないようにすることじゃな。」
そうだなと相槌を打つ。
神や精霊だと思われる分には百歩譲って交わすことが出来る。だが悪魔憑きとなれば、それらの呪術医はおろか、村人や市民からも標的にされるだろう。
「此方もバレるわけにはいかぬ。せっかく其方のような面白そうな人間に会えて同伴できるのじゃ。」
そう言うと立ち上がってシェーレの手を引く。
シェーレは急なことに驚いて慌てて鞄をもう片方の手で持つ。
「もうお昼じゃ。其方の足では村まで三時間はかかるじゃろう。この地域は日が暮れるのも速いし行きゃんせ!」
されるがままにシェーレは村まで戻ることになるのであった。
「お前、何で一緒に来たがったんだ?」
道中、特に話題が浮かばなかったため、当初から疑問に思った事を尋ねる。
突拍子もない答えが返ってきたらどうしようか、と身構える一方でかなり気になる点である。
「うん? ああ、そういえば言っていなかったのう。」
「此方の名前と故郷を探したいのじゃ。」
想像よりも重い答えにシェーレは何も返すことが出来ない。
「自分の名前や故郷くらいは知りたい。でも、此方だけでは情報を得られないのじゃ。だから其方との旅で色々と情報を得たい。あわよくば、一目故郷を見てみたい。」
目を細め、少女はゆっくりとハッキリ話した。
「こんな此方はわがままなのじゃろうか?」
少女は口元を隠しながら上目使いでシェーレの顔を見つめる。
その様子にシェーレはどきりとして頬が紅潮する。
「そ、そんなことは…ない。」
シェーレの様子を見てなのか、少女は満足げに牙を覗かせる。
「くっふふふふふ! ちょっとは暖かくなったかのう?」
このいたずら狼め、とジト目で少女を見やると、そう怒るなと笑いながら返される。
「質問の返答に嘘偽りはないから安心せい。」
そう言って名も無き白狼少女は隣で歩き続ける。
「それよりお腹が空いたのう。村に着いたら美味しい物を食べさせてくりゃんせ!」
抜け目のないやつだと思いつつも、寂しさが和らぐのは良いかもしれない。
シェーレは、安いやつな、と一言だけ返すと少女は仕方なさそうにくふっと一笑するのであった。
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雪原を出発しておよそ三時間が経った頃だろう。
「そろそろ村が見えてくるはずなんだが。」
まだ夕暮れ前とはいえ、この地域は霧が発生しやすい。
案の定、現時点でも視界が悪くなってきた。
霧が濃い時は村の中ですら方向感覚を失うほどになるため、それまでに最低でも村に着いていなければならない。
「いつもなら狼煙が上がっているはずなんだがな。」
シェーレはいつも目印にしている狼煙を探す。だが、今日に限って中々それが見つからない。
まいったな、と項垂れていると少女が服を軽く引っ張ってきた。
「何か焼いているような臭いがするのじゃ。」
「そんな臭いするか?」
「此方は狼だと言ったじゃろう。其方よりも遙かに嗅覚が優れておる。」
薬草の臭いに相当敏感であったため、嗅覚の強さは人並み以上だろう。
シェーレは少女の嗅覚を頼りに村を探し始めることにした。
「この辺りは一面同じ景色が続くからのう。行きと帰りで全く違う方向に進んでいることも多々あるのじゃ。」
まさにその状態にあったらしく、少女は右往左往しながら臭いの源を探している。
「お、たぶんあれだ!」
探し始めて十数分ほどで遠目に狼煙が見え始めた。
村が見つかったことに少女も、どんなもんじゃ、と意気揚々(いきようよう)とした様子だ。
たどり着いた村≪クウォケリ≫はフィリニスの中にある唯一の村である。
外部からの旅人や商人、呪術医が多くやってきており、元来ここに居住している者は全体の半分程度しかいないとまで言われている。
「無事に村まで着いて良かった。」
「さっそくじゃが其方よ。お食事の時間じゃ!」
目を輝かせ、服の下で抑え気味ながらも盛大に尻尾を振る少女に少しほっこりしてしまう。
「宿の近くに小さな店がある。そこで何かを食べよう。」
取りあえず自分の知っている店に行くことにした。
「どんな食べ物があるのじゃ?」
「茹でたじゃがいもとか、塩漬けにした魚とかが多いな。あとは燻製にした食材もたくさんある。」
「あのくっっっさいゲテモノは出ないじゃろうな。」
「ロゼハは下味や保存用に使うこともある。肉とか魚を頼まなければ、まず出てこない。」
「肉や魚は…食べたいのう…あんなものを下味にするなんて外道じゃのう…」
やや恨めしそうに見てくる少女に出来るだけ目を合わせないよう店まで向かう。店で聞けばいいだろう、となだめつつ少女の不満を聞くこととなった。
「あんまり臭い物をかがせられると尻尾が暴れてしまうのじゃ。」
くふふと笑って冗談めいた不満を言っているので、本気で言っているわけではないのだろう。
それよりも、ここまで気にしてこないようにしたが、周囲からの目線が痛い。
主に単独行動をする人が多いこの村で、二人かつ男女で行動している自分たちを珍しく思っているのか、少女の容貌に見とれているのか。どちらにせよ大衆の視線を受けるのは落ち着かない。
シェーレは少女の手を引きつつ、少し足早に店へ向かう。
少女は視線を浴びる理由を察しているのか、いたずらに笑みを浮かべシェーレに着いてきた。
数分歩いたところで行きつけの店にたどり着いた。
小さく年期の入ったその建物は知る人ぞ知る隠れ家的名店を思い起こさせるような雰囲気を醸し出している。
中に入ると店内は相変わらず薄暗く、無愛想な店主が迎えてくれる。
「二人か。」
「ええ、窓際の端の席が良いのですが。」
店主は店内を見渡して席を確認すると、あそこを使えと空いている席を指さした。
シェーレは軽く会釈をして少女と席に座る。
「ここの店主は無愛想だが悪い人じゃない。」
少女と店主の両方を気遣うよう、少女に小声で話しかける。
「ん。別に寡黙な人間は嫌いではないぞ。」
取り越し苦労だったようだ、とシェーレは安心してメニュー表に目を通す。少女はロゼハを好まないようなので、それが使われていない肉や魚料理を選ばなければならない。
シェーレが険しい表情をしていると、店主が席までやってきた。
「いつものやつか。」
「いえ、連れはロゼハが苦手なようで。それを使っていない肉か魚料理はありますか?」
「ハーブを除くだけなら、どれでも出来る。」
だってよ、と少女に視線をやると少女は既に決めていたようで、すぐに注文をする。
「では、ロヒケイットとやらをお願いするぞ。」
中々値が張るやつを、と渋い顔をしつつ自分の注文も済ませる。
店主は分かったと一言だけ残し厨房へ戻っていった。
「お前、安いやつと言っただろう。」
「サケのスープが食べたかったのじゃ!一品しか頼んでいないのじゃから構わぬじゃろうに!」
「俺はライ麦パン一つとじゃがいも一個しか頼んでいないんだ。」
「其方の『いつものやつ』なんか此方は知らぬ!」
シェーレはうっ、と反撃に詰まる。
確かに少女にとって自分の『いつものやつ』はいつものやつでは無い。
やや頬を膨らませてそっぽを向く少女に引け目を感じてしまった。
気まずい空気になりながら料理が来るのを待つ。その間、白狼少女にも人間っぽいところが多くあるんだなと考えてしまう。
しばらくして店主が料理を持ってきた。
ただ注文したものに加え、もう一品料理が届いたことにシェーレは困惑する。
「お嬢さんと食べな。」
そう言って店主は無愛想にキノコシチューを置いていった。
去り際に、そいつの代金は必要ない、と言う店主の姿にシェーレは感服するほか無かった。
少女も料理が来たことで機嫌を直したのか、つい先ほどまで怒っていたとは思えないほど目を輝かせて料理を手元へ持って行く。
いつもは周りの賑やかさを聞く側に立っているが、自分が賑やか側に立つのも悪くない。
小さな衝突はあるものの、一人で食事をするよりは刺激があって面白いものだ。
シェーレはライ麦パンを一口かじりながら、少女の方を眺める。
「サケは美味じゃのう。」
頬が落ちるほど美味しい、と言わんばかりに隙だらけの表情を浮かべる少女に微笑してしまう。
少女はサケを飲み込むと、料理を見つめ、そわそわしながらシェーレの顔を窺い始めた。
どうした、と問いかけると少女はライ麦パンを一目見てシェーレに向かって指招きをする。
「何だ、これも食べたいのか。」
これはやらん、とパンを自分の元へ持って行こうとすると少女は明らかに不機嫌そうな顔になる。
「違うのじゃ!」
シェーレの言葉は一蹴され、強引にパンを持って行かれる。
慌てて取り返そうとすると、少女は器用にシェーレの手を交わしながらライ麦パンの上にサケを乗せて返してきた。
「其方にもやる。」
照れ隠しをしているのだろうか。表情はこれまでと変わらないが、衣類の下で獣耳と尻尾が滞りなく振り続いている。
反抗期の子どもが一瞬素直になった時のような微笑ましさを感じたが、あまり口出しをするとパンごと取り上げられかねないと判断し、素直にお礼を言って少女の差し出したパンを受け取ることにした。
少女も渡した事に満足したのか、シェーレを見て微笑み再び料理を頬張り始める。
一人ならまず頼まないであろう品を口に運びながら少女と料理を堪能する一時は、身も心も温まる時間となった。
のんびりと食事をしていたため辺りは一面暗闇に包まれていた。
二人は一昨日シェーレが泊まっていた部屋で一息つく。
「良かった。荷物は全部無事だった。」
「なんじゃ。其方は荷物を置いたまま外を出歩いていたのか!?」
「本来は当日中に戻ってくる予定だったからな。これは流石に不用意過ぎた。」
荷物を全部持っていくことは困難であるが、部屋の中にそのまま置いていくのはまずかった。
少女の痛い視線を感じながら明日の準備をすることになった。
「明日は薬種商の所へ行くんだが、お前も行くか?」
「薬種商?」
「薬の調合や販売をしている店だ。俺の持っている薬草の取引をしに行く予定だ。待っていても構わないが。」
「もちろん行くに決まっておろう。」
二つ返事で少女は答える。シェーレは想定済みの答えに内心満足感を得た。
「其方が取引で騙されたら此方も適わぬ。」
付け加えられた一言に、かわいげの無い狼だと心の中で毒を吐くが、一緒にいてくれる方が心強いのも確かだ。
ケラケラと笑う少女を横目に明日の支度を続けることにした。
「…のう、ベッドが一つしか無いのじゃがどうやって寝るのじゃ?」
完全に忘れていた。一人旅に慣れてきたこともあって一人部屋にしていた。
「今日も此方と寝たいのかや?」
分かりやすく目を細めて舌をペロッと出しながらイタズラめいて言う少女に、お前だけベッドで寝てくれ、と言ってやる。
「寒かったら入ってくるのじゃぞ。」
つまらないのう、とそそくさと少女はベッドの方へ歩いていく。そんな様子ながらも椅子に座っているシェーレに掛け布団をかけてくれるのを見ると、シェーレの事を気に掛けているのだろう。
少女が寝付いたのを確認するとシェーレも灯りを消して椅子に座りながら眠ってしまうのであった。
【補足情報】
〇ロゼハ(追記)
使用方法:料理に使うことも出来る
*実在の薬草・医薬品との関係はありません。