愚者の誓い
オリバーさんの訪問です、オリバーに対して医師としてアネモネが対応する場面です。
狂気の夜から6日が経った。
傷はまだ熱をもち、暫くはこの痛みと付き合わなければならない。アルコールでの消毒はかなり染みる、その後調合した薬を含ませたガーゼを貼り替え包帯で巻いていく。
治療院の兵士達のことは任せたままだったが、久しぶりに顔を見に行く。
兵士達はもうだいぶ元気に歩き回っている。
楽しそうに兵士達同士で話している姿を見て、そろそろ退院させる事を考える。
「アネモネさん!!!大丈夫ですか?!」
「あれから、ずっと顔を見せないので心配しておりました」
「傷だらけじゃないですか!私達よりも酷いじゃないですか!休んでて下さいよ」
口々に労る声が聞こえて来る。
「大丈夫ですよ、だいぶ良くなりました。それに皆さんとお話しした際に聞かせて頂いた内容のお陰で命拾いしたのです。感謝いたします。」
ん?と兵士達は顔を見合わせて、お役に立てたようで良かったですと、照れた表情で口にする。
時間がある時には、患者の元に行き話し相手をしていた。その際に緊急信号808を知ったのだ。
この暗号を聞いていたからこそ、アイザックが緊急事態に気付いて助け出されたのだ、彼等には感謝しかない。
1人づつカルテを見て回る。私が書いていたのを模して皆んなそれぞれ、しっかり書き込んでくれている。それを見て、「そろそろ皆さん退院できそうですね。軍に戻られるんですか?」
「それは、本当ですか!!?はいっ!勿論軍人たる者、最期まで国の為に死ぬ覚悟です!」
全員、原隊復帰を望んでいる。
国の為に死ぬ覚悟か…救った命をどのように消費しようとも個人の自由だが、死地に赴かせる為に助けたのだろうか。
やるせ無い気持ちで、退院予定日を記入していく。
バタバタと走ってくる慌てた足音に振り返ると、神官が、「き、来ましたよ!!」目を白黒させて駆け込んでくるヒューズの様子に、神殿長、他の神官、兵士達も察して全員して渋い顔になる。
「アネモネ殿!!!お約束通りお迎えに上がりました!」
オリバーは、通常運転である。
「あああーーーーっ!!!なんたる事だ、天使の身体になんと罰当たりな…おのれ…このオリバーの名にかけて、罪人に神罰を与えてやりましょう!」
キーンと耳を塞ぎたくなるほどの大きな声で、私の怪我を見たオリバーは、怒りを露わにする。
「オリバー殿、ここは仮にも治療院です、大きな声を出さないで下さい。」
付き添いにアイザックが同行している。お守りと言っていた理由が分かる。大変だろうに…
「お約束でしたね、アネモネ殿の置かれている環境は、もはや語るまでもないです。神殿長、アネモネ殿との結婚を要求します」
跪き私の身体程の花束を差し出す。
「オリバー殿…身辺整理は終わりました。
確かに私の管理不足でアネモネを危険な目に遭わせた事を言い訳するつもりはございません。
ですが、もう神殿内の孤児達は安全です。」
神殿長が、私と花束の間に手を入れて見えない壁を作る。
神殿長とオリバーの間に火花が見えた気がして、目をこする、錯覚か…
「神殿長…危険な目に合わせた時点でもう遅いのですよ。お分かりでしょう。貴方には、アネモネ殿の後見人の資格はないのですよ!」
やれやれと、両掌を挙げて首を振る。
後ろで、そのやり取りを見るアイザックは、頭が痛いようで額を手で抑えている。
「資格があるかどうかは、分かりません。ですが、私はもうアネモネを危険な目に遭わせたりしない!この先どの様な悪意をむけられようと必ず守ると約束しました」
その約束は、自分に課したのだろう。全く以て責任感の強い人だ…要らないことまで背負い込む必要ないのに。
この発言に目を剥いたのは、アイザックだった。強く迷いない神殿長の目がオリバーを見る姿に感動し、アイザックの表情は喜びに震えている。
この2人の間に、甥っ子と叔父さんという関係以外に何があるか分からないが、アイザックの表情からは、きっと私の知らない神殿長の姿があるのだろうと想像する。
「お話にならない…もうこう呼ばせてもらおう、レイ殿!貴殿には無理だ!
何も守れはしない、神殿でも戦場でも、大切な物を選択できない、迷いがある者が守るなどと軽々しく口にしないでもらいたい!」
「オリバー殿っ!!!流石に口が過ぎます」
アイザックが明らかに不愉快な顔でオリバーを睨みつける。
「アイザック…構わないさ、本当の事だ。
オリバー殿、貴殿の言うことは当時ならば正しい…正しいが今は間違いだ。
私は愚者です。愚者は、過去から学ぶ方法しか知らない。だが、愚者であっても痴者ではない、過去の過ちを再び犯す事はない!フェイラン・レイドルフの名に掛けて。」
「レイ殿…」目を潤ませ、肩を震わせるアイザック。
オリバーと神殿長が何の話をしてるのやらサッパリ分からないが、神殿長がめちゃくちゃ酷い事を、言われてるのだけは理解できる。
オリバーは、ムッと言い返された事に腹を立てている様だ。また何か口にしようと口を開くが、私は我慢の限界だ。
「オリバー様、どうやら女性にプロポーズするのはまだ早いようですね。
私の意思を無視した不毛なやり取りは聞いていて、不愉快と言わざるを得ません。
私は、医師です。ヒプラティスの天使でも神の御加護も私にはございません。
貴方の命を救ったのは貴方自身の生きる意志です。それに少し手を貸しただけです。
どうか、これ以上私を崇高な存在にしないで下さい。人として私を理解しようとしていない貴方と分かり合える日が来るとは思えませんので、この結婚はお断りいたします。」
オリバーは、ハッキリと私の口から断ると言う拒絶の意思をぶつけられ、驚愕の表情でふらりと倒れそうな程の打撃を受けている。
アイザックも神殿長も驚いた顔で私を見ているが、関係ない。ふんっと、胸を張って言ってやったと少し良い気味である。助けてもらう機会を作ってくれた事に感謝はするが、それとこれは別問題だ。
項垂れ、言葉を失うオリバーの腕を引き、アイザックは「オリバー殿、どうか大人の対応を心掛けて下さい。」冷たくオリバーに一喝し、引きずる様に失礼致しました!と、治療院を後にしようとする。
「また1週間後に経過を診せて下さい。どうぞお大事になさって下さい。」
最後に一言、医師として声をかける。
パタンと扉が閉まると、奥でやり取りを聞いていた兵士や神官達が拍手する。
ドッと、湧き上がる歓声に驚いてピョンと身体が飛び上がる。
「アネモネさん、素晴らしかったです!」
「本当に本当にカッコいいです!その勇ましさは戦場の女神ヴァルキュリアの様でした!」
「神殿長を愚弄された気持ちがスッキリと致しました。アネモネさん、ありがとう。」
私に対する賞賛が止まらず、急に恥ずかしくなってくる。
神殿長は、口元に組んだ手を当て神妙な面持ちのまま、黙って部屋から出て行ってしまった。
神殿長が出て行ったとたん、静寂に部屋が包まれる。恐らく何の話をしていたのか、ここにいる人々はしっているのだろ。
「先程のお話は、一体…」と言いかけると、兵士達は言葉を遮って「それは、私達の口から述べることは出来ません。神殿長がお話になるまでお待ち下さい。」と真面目な顔で返される。
神官は「アネモネさん、神殿長の側付きでしょう、側付きは主から命令されるまで離れてはなりませんよ。どうか神殿長の事を宜しくお願いしますね」と神殿長を追いかける様に言われ、神殿長の後を追う。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」 オットー・フォン・ビスマルクの言葉を引用したセリフです、とてもいい言葉ですよね✩'ω`ૢ✩꒱