痛みと責任
今回はかなり短いです。前回の続きで小児の骨折を徒手整復しようと試みます。
夕方に煎じた薬を飲んでもらい、眠る前にもう一度鎮痛作用のある薬を飲んでもらう。
薬草では、効果はたかが知れている。あまり期待していない…
小児の医療が難しいのは、内臓の代謝能力が成熟するとされる15歳までは、薬剤の選択幅が狭いことや、量、アレルギー反応などなど…
考えなければならない事が多すぎる。そして、本来、軽い鎮静で整復出来るものは透視室で骨の位置を確認しつつ行う。
それでも難しい場合は、麻酔科医を導入して、筋弛緩剤を使用して筋肉の硬直を和らげて外側の力が加わり易い状態で行う。
骨の位置が分からないが取り敢えず引っ張り神官組、骨の位置は分かるがそれが出来ない私…
不安な表情で迎える、プリメラの頭骨骨折幹部骨折に対して、徒手整復術である。
眠るプリメラに、舌を噛まない様、布を噛ませる。暴れる事を予想し、身体の保定役に神官2人を配置、引くのは力持ちの神官、補助に私と神殿長という布陣である。
これだけ準備したが頭の中では、また骨折した時と同様かそれ以上の痛みを彼女に与える事、そして失敗する確率が高い事。
彼女は、治療を望んだが…無意味に痛みつけるだけの結果になる事に対して、グルグルと思考が揺らぐ。
そして、神官たちがまだかという目でこちらを見て来る。…私はプリメラに歩み寄り、折れた右腕の骨折部に少し力を加えて握ってみる。
眠っているプリメラがピクリと反応して顔をしかめるのが分かる。
あの、狂気の夜を思い出し、天井を見上げる。
周囲はどうしたのだろうと、私の様子を伺っている。
「あの夜は、本当に酷かった…天井の上に上がれればと何度思っただろう…」
目を閉じて顔を上げて、独り言を呟く。
周囲の人間は、あの夜の事を知っているため、その言葉を聞いて、眉をしかめていく。神殿長は、酷く辛そうだ。
私の決心は決まり、天井を仰いだ顔を戻し周囲の人間、一人一人の目を見て告げる。
「中止します…」
朝を迎え、プリメラが目を覚ますまで隣で見守っていた…私には出来なかった…目は虚でなんと話せば良いのかと考えていた。
プリメラの目がピクリと動き、目が開かれる。
私の存在に気付いて、プリメラは嬉しそうに表情を綻ばせて「終わったの??」と尋ねる。
ゆっくりと、首を横にふり、ごめんなさいと一言伝えると、プリメラは困惑の表情になる。
「なんで??私の腕…一生痛いままなの??」
それに対して、顔を伏せるしか出来ず、「プリメラ、ごめんなさい、ごめんなさい」ただひたすら頭を下げる。
私を守るために勇敢に立ち向かってくれたプリメラが、一生、障害が残る怪我をさせてしまったのは、私の責任。
プリメラはうわぁぁんっ、と子供らしく声を上げて大きく泣き始めた。
この子が生まれたのが、私の世界だったなら治せていた…でも、この世界で私にできることの限界を思い知らされ、唇を噛み締める。
そしてただ巻き込まれた被害者の彼女が障害を負うことになった…私ではなく、何故彼女が背負わなければならなかったのか…
プリメラを客室のベッドに残し、項垂れ、傷の治りきらない痛む身体を引きずるように部屋から出ると、目の前には神官長が立っていた。
こうなる事が分かっていたかの様に、彼は私の元に歩み寄り跪くと、唇にハンカチを当てる。
「血が出ている…これ以上自分を傷つける必要はない」
噛み締めた唇から、知らずに血が流れていた様だ。神官長の言葉で初めて鉄の味に気付く。
「神殿長、すみません…
私には不確定な治療で無駄に痛めつけるだけになるかもしれない事は出来ませんでした…準備してくださった皆様にもご迷惑をおかけした事大変申し訳ありません。」
神官長が悲しげな表情でこちらを見ているのが分かる、でもその顔を見たくなくて、顔を伏せ、両手で自分のスカートを握りしめる。
「神官長、お願いだから憐む顔をで優しい言葉をかけないで下さい…これは、私に与えられ、私が背負わなければならない痛みだから。」
同情も同調もいらない、もっと責めてほしい…全てはお前が引き起こしたことなのだと…
「そうか…分かった。」神殿長が呟き立ち上がる。その瞬間また私を優しく抱き抱え、歩き始める。
「君が背負う責任があるように、私も君が傷付いている責を負う。君の言葉を借りるならば、私にも与えられた痛みなのだ。これは、誰にも譲るつもりはない、君自身にもだ…だから君が傷付く時私は同じように心を痛めることを気に病む必要はない。」
私は俯いたまま顔を上げられない…泣いてる顔を見られたらまた、辛そうな表情をするのが分かっている…貴方はそういう人だから。
初めての挫折を味わいます。償いきれない責任から目を逸らさず受け入れる姿勢は、医師に必要な心構えだと思い、今回のお話は書きましたカキカキ …"〆´◡ฺ`。)