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ヒポクラテスは国境を越えて  作者: マトリョーシカ
7/70

優しい時間  プリメラの腕

今回は甘めなシーンが多目です。書いてて楽しかったです꒰✩'ω`ૢ✩꒱

治療院の扉を勢いよく開き、ズカズカと進む。

「神殿長ぉ…水に…体を付けてもらえませんか?

冷やしたい…んです…」


「分かった、水で身体を冷やすのだな!」

私の身体が丸々入る大きさの桶を軍人は持ってきて、水を何人かで注いで準備する。

胸から足にかけて破かれ、露わになっていた身体をシーツで包みこんでくれる。

そのまま、神殿長の手で冷たい水の中にゆっくりと浸けられる。


ビリリッと傷に水がしみこみ痛みで声を出して身体が跳ねる。神殿長の手が止まり、おどおどしながら「痛むのか!どうしたらいい?」


「気にせず…ゆっくりと浸けて下さ…い」

止まっていた手が再び動きはじめ、ゆっくり浸けてくれる。神殿長の顔は哀しげに潤んで見える。

こんな、役回りをさせてしまって申し訳ない気持ちで一杯だ。


痛みに身体が慣れ、ふぅ…と一息つく。濡れたシーツが身体について、腫れて熱を持った身体を冷やしてくれる。神殿長は、頭から手を離さず、ずっと支えてくれている。

「神殿長ぉ…腕が疲れるでしょう…大じょ、ぶですから…」


「黙りなさい!そんな事気にする必要ないのだから…それに苦しそうだ、無理に喋るな…」

神殿長のふと垣間見せた優しさに、目を開いて顔を見て、目を閉じてその手に頭を預ける。




ふと、髪を撫でられる感触で意識が戻る。

気付かぬうちに眠ってしまっていたらしい。どのくらいの時間だろうか、その間もずっとそばで頭を支え、空いている手で私の髪を撫でてくれていた。

身体の熱感が水に溶けて、温く感じる。


「神殿長ぉ、マニュアルの…傷…の…」


「分かった、喋らなくていい」

私は、神官達がある程度同じ質の医療を行える様、マニュアルを作成しておいたのだ。

ここに来る患者は、外傷が多かったのでマニュアル化しやすかった。


神官は、弟切草に似たこの世界の植物を煎じ、植物油と混ぜ合わせ、それを浸したガーゼを作成する。

私と、プリメラは隣同士のベッドに寝かせられ、傷に湿布のように貼り付つけられていく。

ほとんど、裸同然の格好にされているが羞恥心なんてどこかに捨ててきたのか、そのまま目を閉じて神殿長の治療を受け入れる。


プリメラが骨折しているのは、腕を見れば明らかだったので、神官は当て木をして再度固定し直す。


一通り、現状行える事を終えると神殿長は私を抱き抱えて歩き出す。どこに行くのかと思うと、向かう場所は神殿長の部屋だった。

神殿長が普段使っているフカフカのベッドに寝かされる。

「神殿長、こんな…」と最後まで言葉を紡ぐ前に、口を開くなと口元に指を置かれて遮られる。

「私がしたいからしている。ここなら私が君を診る事が出来る。1番安心で安全だ」


プリメラはアイザックが付き添い、客室のベッドに寝かされていると教えてもらう。私が気にかけていた事は無くなった。

「もう何も心配しなくていい…休みなさい」


哀しげに優しく笑い、私の頭を撫でる。その顔を見て、そうか…あの恐ろしい夜は終わったのだ、今改めて安堵を噛み締める。

ずっと緊張と恐怖で張り詰めていた弦がプツンと音を立てて切れた。

喉の奥がヒリヒリして涙が止めどなく溢れ出す。どうしても堪える事が出来なかった…


止めないと、神殿長が困るだけだ、この人は自分の至らなさに胸を痛める人だと私は知っている。気に病ませるだけだと分かっているのに、押し殺した感情が堰を切って、涙が溢れて止まらない。


すると、優しい腕に包まれる。 


「よく頑張って生きていてくれた。プリメラも守り、君は立派だった。本当にもう全て終わったんだ…よく頑張ってくれた」

子供をあやすように、頭を撫でられる。ひとしきり、涙を流しきり急激な睡魔に襲われ抗う事なく目を閉じた。




フカフカのベッドで朝を迎える。横には椅子に腰を掛けながら、上半身だけをベッドに預けて眠る神殿長がいた。

手は頭に乗せられたままで、彼もまた途中で力尽きたのが分かる。


起き上がるのに身体に力を入れると、痛みで「いったぁ…」声が出てしまった。

横で眠っていた神殿長が、んんっと動き出し、起こしてしまったぁ…申し訳なくなる。


体をベッドに突っ伏したまま、「大丈夫か?」とまだ目の覚め切らぬ声で心配してくる。

狂気の夜にあまりにも、泣き叫び過ぎたせいで発声が上手くできないため、こくりと頷いて意思を伝える。


ただ発声出来ないと意思疎通が上手くできないため、紙と筆を貰い筆談という方法をとることにする。

寝起きの神殿長にジェスチャーで紙と筆が欲しいと伝えると、変な体勢で寝てしまったため、腰が痛いのかポンポンと叩きながら、のそのそと紙と筆、それを載せるための木の板をベッドに用意してくれた。


低血圧の神殿長は、ぼぉっと椅子に腰をかけて光が入る窓を見ている。ベッドを占領していることに気が引けて、妥協案として少し身体を端に移動して空いた横をポンポンと叩く。


その動作が何を意味しているか気づいた神殿長は、さっきまでの眠そうな表情から一変して目を丸くして、「男女が同じ床につくなど、ダメに決まっているだろう!」と顔を赤くして声を荒げる。


私は6歳だよ…そんなん気にする必要ないでしょうに…そんなこと言うなら、昨日は私の裸を見ましたよね?と紙に文字を書いて神殿長に見せる。

神殿長は、真っ赤になり「治療で頭がいっぱいでそんな事考える暇などなかった!!!」

一気に血圧が上がったのか、目はしっかり覚めたようだ。


はぁ…とため息をついて、頭をぽりぽりかいている。私は、助けてもらったお礼をまだしていない事をすっかり忘れていた事を今更ながら思い出して、再度紙に筆を走らせる。

神殿長は、今度は何を書くのか嫌そうな顔で書いてある内容に目を通す。


「ふっ…そうか…それはお褒めに預かり光栄の至り。」


私は、「完璧な治療でした、褒めて差し上げます」と書いた紙を抱えて、生まれて初めて口の端を上げてぎこちなく笑った。


神殿長はしばらく目を細めて私の顔を見つめていた。

自分自身が1番驚いている。

笑えない障害と共に生きてきて、硬くなった表情筋が初めて笑顔を作れたことに。

今、確かに私は笑えた…そっか…私、笑えたんだ

両手で頬を押さえて喜びを噛み締める。


神殿長は、顔を近づけてきてまじまじと見つめてきたかと思うと、両頬を摘み上げて上に上げる。

いひゃい、いひゃい…なにすんねん!と神殿長の手を払い除けて半目で睨みつける。


「アネモネ、今笑っていたぞ…初めて笑った顔を見たが、本当に美しいな…

子供にしては、綺麗な顔をしていると思っていたが…勿体ないから笑っていなさい。」

神殿長はその、綺麗な顔で真面目に口説き文句を言う。無自覚なのなら尚悪い。


筆談で、「笑顔とは自然な感情でたまたま出来ただけです、ずっとやれと言われても困ります。無理矢理口元を引っ張り上げても笑顔にはならないので、やめて下さい」と抗議する。


苦笑いで神殿長は「そうだな、それはすまなかった」と肩を竦める。




治療は治療院で行い、寝るときは神殿長室という生活を4日ほど過ごした。生々しい傷はまだ癒えないが、ようやく一人で辛うじて動けるまでに回復してきた。完治までは1〜2ヶ月かかるだろうがそれは、仕方ない…


私は1番心配していたプリメラの所に顔を出す。

プリメラは、私の姿を見て嬉しそうに笑顔で迎えてくれた。肋骨、頭骨の骨折…しかも頭骨の骨折はシフト(ずれ)が激しいため、整復しなければ偽関節になってしまう。

ただ、この整復は麻酔なしで行うには痛すぎる…子供に麻薬を使うのも難しい…どうしたものか


最近は薬草を治療院に保管するようにして、東洋医学を取り入れている。睡眠効果のあるカノコソウと、鎮痛作用のヤマシャクヤクを煎じて飲ませて寝ている隙に…出来るだろうか…


私は、今回の整復治療の計画案を治療院で話し合うことにする。

「プリメラの腕の骨折はかなり本来の位置からズレてしまっているため、元の位置に戻し、その形を保ったまま固定する必要があります。」


「なぜ、元の位置に戻さないとならないのでしょう?今まで骨折した方は当て木をしただけでしたよね?」最近入った、勉強熱心な若者神官ヒューズが質問して来る。


「今までの骨折は元の位置からそこまでズレていなかったので、それでもよかったのですが、プリメラのズレはかなり酷いです。

このままにしておくと、偽関節と言って骨はくっつかなくなってしまいます。そうすると、プリメラは一生、腕の痛みを抱えて生きていかなくてはならなくなります。」


へぇ…そうなんだぁ、深く頷いて紙に書き留めていく、ヒューズは本当に勉強熱心である。

「そこで、元の位置に整復といって、腕を力一杯引っ張って骨の位置を元に戻さないといけないのですが…」

ここまで話せば、周囲の神官、神殿長も理解し、


「それは…子供には無理なのでは…」


「めちゃくちゃ痛いですよね?出来るんですか?」


そう、その通りなのです…だから相談しているの…一応気休め程度だが、煎じた薬草を飲んでもらい寝ている間に、一気に行ってしまおうと考えているのを伝える。


皆んな、うーんと渋い顔で悩む。


まずは、プリメラ本人の意思を確認してみようということになり、プリメラの元に向かい、神官たちと腕の治療について話す。


プリメラは、最初はちんぷんかんぷんという顔だったが、6歳の子供にも分かるように噛み砕きまくって説明すると、「一生腕が痛いのは嫌だなぁ…ちょっと頑張ったら治るの??寝てる間に終わる??それなら…」とプリメラの意思は治したいということだった。


プリメラへの説明が一段落し、準備のために治療院に移動する際、神殿長は顎に手を当て何か物思いにふけっている。そして、私の方をチラリと見て、「アネモネ…やはりお前は異常だな…」突然失礼極まり無いことを言い出す。


「な、なんで急にそんなことを言うんですか?」なんの脈絡もなく、お前は異常だなんて言われれば文句の一つも言いたくなる。


「今まで、お前と同じ年頃の子供と話す機会が無かったために、気付かなかった。あれが年相応というものなのか…お前は私達よりも博識な上に話し方、振る舞いも大人そのものだ…もっと子供らしければ…」

子供らしければなんだと言うのだ、前世は36歳だったのだから、6歳児同様になれといわれても無理なんだから仕方ない。

プイっと、顔を横に向けて私も準備を進める。


シーネがないため、自作シーネを作成する。粘土でプリメラの腕の形に合わせて形成し、それを乾燥させる。後は腕を置く部分に手拭いを当てて包帯で巻くだけの状態にして、自作シーネは完成した。


そして肝心なのはこれが力作業であること…私の力では無理なのだ。しかも本来なら放射線を使って骨の位置を確認しながら行う。

私は透ける目を持っているが、その私が力作業が出来ないため他者に引っ張ってもらい、微調整を私が全て指示しなければならない…かなり難しい。


子供の傷の治りは早い、受傷後5日経っている、これは全てがスピード勝負なのだ…


骨折整復に放射線なし、麻酔なしで挑みます。どうなるのでしょカキカキ …"〆´◡ฺ`。)

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