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ヒポクラテスは国境を越えて  作者: マトリョーシカ
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ヒポクラテスの誓い 

地下室に捕らえられたアネモネ達の最後の戦いです。

ヒポクラテスの誓いを胸に医者としての信念を貫き通します

湿気と血の匂いが混じった異臭がする部屋に再び閉じ込められる。

気掛かりだったプリメラは、何事もなく無事だった。

私1人再び牢獄に帰って来た事に、安堵と絶望が交差する表情をしている。

プリメラ…ごめんね…


「さぁ、お疲れ様でした、ちゃぁんと言うこと聞いて帰って来た子にはご褒美を上げないといけないわねぇっ!」

マチルダは懐から隠し持ってきた鞭をしならせ、私の小さな身体に何度もたたき込んでくる。

プリメラを巻き込まないよう、咄嗟にプリメラを突き飛ばし、腕で顔を守るようにして身体を丸くして鞭を受ける。


突き飛ばされたプリメラは、痛みと恐怖で牢獄の隅でガタガタと震え涙をボロボロ流している。

私は、強烈な痛みに叫び声を上げ、撃ち込まれた場所が段々と腫れ上がり、ミミズ腫れになる。傷は痛みと熱を帯びて、身体中が熱い。


数回鞭を撃ちつけて、満足そうな笑みを浮かべてクスクスと静かに笑っていたかと思うと、アハハハ!!!大声で狂気に満ちた笑いに変貌する。

「オリバーの馬鹿に感謝しないとねぇ!こんなご褒美が貰えるなんて嬉しいでしょう??」

はぁはぁと、息を荒げて整った髪は崩れ、マチルダはもはや魔女の容貌だ。


「夜になれば、貴方たちともお別れねぇ…寂しいわぁーもっともっとご褒美をあげたかったのに…呆気なく死ぬなんて勿体ないもの…夕食後にたっぷりと最後まで楽しませてあげるから、お祈りでも捧げておきなさいねぇ」

牢屋に鍵をかけ、コツコツとヒールを鳴らし、静かな地下室はヒールの音が反響する。


プリメラは、ひけた腰でそろそろと私に近づいて、肌が帯状に赤くはれ、血を流す私の身体を見て、堪えてい感情が一気に放たれ、うわぁーーーーーーっと大きな声で狂った様に泣き叫ぶ。


鞭打ちにより、消費した体力で、もはや言葉を発するのも苦しい…あぁ、神様…どうか、お助け下さい、祈りながら、暗闇にどんどんと飲み込まれていく。


暗闇の中で夢を見る。


他者の命でのみ、救われる己が心は清らかであると言えるのか? 


己の欲望のために、救われた命は己の欺瞞で満ちているのではないか?


私が死んだと感じた時に聞いた問いだ。

あの時は、答えなかった問いかけに、答えを出す。


「自分の心が清らかだとは思いません、私は自分の力で命を救ったと思ってもいません!

病と戦うのはいつだってその人自身であり、私は手助けをするだけです!

人の尊厳を守り、生きるための意思を尊重する為に、私は医者になったのです!」


そうか…それが其方の答えか…

静かで落ち着いた声はとても心地良かった。


心地よい気持ちに浸っていると、段々体中が熱を帯びて痛みが蘇り、無理矢理引き戻されるように意識が現実に返っていく。


「アネモネちゃん…アネモネちゃん!」

ボコボコに腫れ、鼻水と涙、涎でくちゃくちゃになった顔が薄目に入ってくる。

ああ…また死んだわけではなかったのか…もう痛みで身体が動かない…夕食を終えた神官達は恐らく私達を嬲り殺しにするだろう…

自殺も視野に入れてもいいだろうか…苦しんで死ぬよりも、一瞬で死ぬ方がましではないだろうか


働かない頭で良くないことを考え出す。プリメラを道連れにする形になるが、その方が苦しみは少ないのでわ…

高い所に服を破って輪状にし、一気に首を吊れば頸椎に衝撃を与えて一瞬で死ねる…これ以上、自分もプリメラも傷ついていく様を見たくない…


死ぬ事しか考えられなくなった脳内に、大学生だった時、講義中に学んだ言葉を思い出す。


I will give no deadly medicine to anyone if asked, nor suggest any such counsel; and in like manner I will not give to a woman a pessary to produce abortion.


頼まれても死に導くような薬を与えない。それを覚らせることもしない。同様に婦人を流産に導く道具を与えない。


ヒポクラテスの誓い…医者として患者の安楽死に加担してはならない。

夢の中で誓った…生きる為の意思を尊重すると…私は最期まで生と向き合わなくてはならない、例えこの先に待っているものが死であったとしても、医師として最期まで生き抜く。


「プリ…メラ…ごめんね…守れなくて、でも…最期まで絶対に…1人にはしないって約束するね…」

力なく手を握りプリメラは、こくりと頷く。


コツ、コツ、コツ…地下室に反響する足音、そのほかにも数人の足音が混ざっており、ざわざわと話し声も聞こえる。

マチルダと他数人の神官達が私達の前にぞろりと並んだ。


「これが、ヒプラティスの天使の姿か…なんとも嘆かわしい」


「命の神の天使ならば、その神のもとにお返しして差し上げるのが良いでしょうなぁ、神もさぞ御喜びになるだろう」


神官達は口々嘲笑し、優越感に浸っている。

「さぁさぁ、時間はあまりありませんよ、神の御意志により、早くその御許に命を返して差し上げないといけないのですから」マチルダは手を大きく広げ声高々に神官達を焚き付ける。


牢屋の鍵がガチャリと開き、飢えた獣の目で私とプリメラの元に数人の神官がやってくる。

「聖女ではないのだから、処女の必要はないでしょう、女を知らないで神の御許に送るのも心苦しいですから、存分にお楽しみなさいな」

マチルダの口から出る言葉に反吐が出る。こんな風に子供達を虐待してきたのかと…死んでいった者達の無念に心が痛い…


プリメラと、私の服に手をかけて、神官達は胸元からビリビリと破っていく。

ミミズ腫れした身体に遠慮なく力を加えられ、痛みでぐぅっと声を出して涙が出る。


プリメラも同様に、骨折した腕を無視して衣服を脱ぎ取ろうとする動作で激痛から悲鳴を上げる。ここは、地獄だ…目を閉じて流れに身を任せるよう体の力を抜いた。


ドンッ……!!!


大きな銃声が地下室内に反響する。地下室の湿気と血の混じった匂いとは別に硝煙の香りが微かに香る。


ドカッ、ドカッと規則正しい足音と共に神殿長が先頭に立ち後ろに多数の軍人を率いてこちらに歩いてくるのが見える。



オリバーは、神殿を後にしてからも、名残惜しそうに何度も何度も振り返り、なかなか前に進まない。

「オリバー殿、早く戻りましょう…用事は済んだのですから…」ついて来て正解だった…あのまま1人で行かせたら帰って来なかったかもしれない…

私はため息を吐いて腕を力強く引く。


「分かっている!!!だが…心配なのだ、なんだか様子がいつもと違った様で…」

それは、貴方が大胆なプロポーズをしたからでは?と口から出そうになるが止めておく。

でも、確かに…マチルダが来てから少し様子がおかしかった…

そして、最後の見送りの時の言葉…何か意味があるのだろうか


そういえば、診断書に不備がないか見てくれると言っていたと思い出し、「オリバー殿、診断書をみせてもらえませんか?」と大事そうに胸に握りしめる封筒を差し出すようにと、手を出す。


「むっ!何故私よりお前が先に見るのだ?最初に読むのは私に決まっているだろう!!!」

フンッ!!と鼻息荒くしている割には、丁寧に封筒から手紙を取り出す。


オリバーの後ろからそっと顔を覗かせて診断書に目をやる。


オリバー・ヒストクリフ様

1253.8.08 18歳

抜糸後の経過は順調、創傷部の治癒は不完全であるため、激しい訓練は1ヶ月後まで控えて下さい。

週に1度、経過観察のため、治療院への通院を許可して頂きたく存じます。


アネモネ       カルテ番号001


ふむ…なんの変哲もない普通の診断書だ、特に不備もない。しかし、大した子供だ…こんなに大人顔負けの文章を書けるとは…

彼女の天才児ぶりに、驚いていると

「ちっがぁーーーーーうっ!」とオリバーが街中に響き渡る大声で叫びだす。


キーンと耳を押さえて、な、なんですか急に?!周囲の人々がチラチラこちらを見ていて本当に恥ずかしい…この変人から早く離れたいと願わずにはいられなかった。


「違う、違う、私の誕生日は、5月14日だ…そんな…誕生日を間違えておられるとは…、いかん、これは由々しき自体だ!しっかりと私の誕生日を訂正してもらう必要があるぞ!」

ちょちょっと待って、そのためにまた神殿に戻る気かこいつ!!!

ダメですーと、神殿に戻ろうと鼻息荒くするオリバーを制止するように止める。


その時、違和感を感じる…「オリバー殿、アネモネさんはかなりしっかりとされた方ですよね?

毎回キチンと、1人1人の治療内容を名前と生年月日を書いて区別されておられましたよね?」


その問いに「当たり前だ!彼女は、私が死の淵に立っている時も何時だってしっかりと記録を残していた!彼女が間違えるなんて…間違えるなんて…」

あるわけないと言いた気だが、実際間違っているから仕方ない。


しかし、妙だあれだけ完璧に仕事をこなす人間が、ん?…8.08……この数字は…

そして、最後の彼女の言葉


「オリバー様、アイザック様、私の拙い文章でも軍の方は分かってくださると思いますが、一応後で内容を確認してください。軍人ならば分かってくださると信じております…どうぞ、お大事にして下さい…」


軍人なら分かる………!!!!!

マズイっ…そうゆうことかっ!!!

軍内では、緊急事態を示す暗号として808という数字を使う。彼女が何故それを知り得たのか分からないが、身の危険に晒されている事を外に伝えるために、わざと生年月日を書き換えたのか…


「オリバー殿、緊急事態です!すぐに中将閣下のもとに参りましょう!」

時間がないかもしれない、一刻も早くレイ殿に伝えなくては!

「な、どうしたというのだ?!中将の元に???」訳が分からないという顔で、説明しろと煩いオリバーを無視して、レイ殿が居る中将閣下の家に馬を走らせる。



神殿長は、片手に銃を握り、天井に向けてもう一度ドンっ…と引き金を引く。

「全員頭の上で腕を組み床に伏せよ!抵抗すれば、射殺する!!」


神殿長が来た…私は朦朧とする意識の中、身動き取れず、身体を露わにしたまま力を抜く。

プリメラは、何が起こったのか分からず目を白黒させていた。


その場にいた神官、マチルダは呆然と立ち尽くし、銃口を向けた軍人達が一気に取り囲む。

早くしろっ!軍人が膝裏を蹴り上げて、ガクンと膝をつきそのままゆっくりと腕を頭の上で組んで床に伏せる。


「全員捕縛せよ!軍法会議にて審判を行う!それまでせいぜい、今までの行いを恥じよ!!!」

神殿長の一喝で、一斉に縄で締め上げられた神官達がぞろぞろと連行されて行く。


マチルダは顔を歪めてわなわなと、肩を震わせる。

「お待ち下さい神殿長様っ!私はこの神殿を守るために、アネモネを排除することにしたのです!もともと、身分ある我々が何故この様な孤児の為に尽くす必要がありましょうか?

生きる場所を与えているだけでも贅沢なものです!ここで、孤児に情けをかければ神殿内における規律が守られず、混沌に陥りましょう!!」


マチルダは自分の行いの正当性を必死に訴える。

そして、私は貴方様のためを思い行ったのです…と神殿長の胸元に手を近づける。

この人は、神殿長に女として特別な感情を持っているようだ、特別扱いされる私に嫉妬し、消そうとしたのだろう…こんな子供に嫉妬するとは…


伸ばされた手が触れそうになった瞬間、パンっと弾かれる。「触れるな…汚らわしい…言いたいことがあれば軍法会議で申せ、私にこれ以上耳障りな言葉を聞かせるな!」

神殿長の怒りは凄まじく、その形相に周囲の軍人達もビクッと、背筋を正す。


マチルダは、魂が抜けた様に大人しくなり、顔を伏せ、わぁぁぁぁっと泣き叫びながら軍人に連行される。


神殿長とアイザックがこちらに駆け寄り、私達のあまりの状態に目を見開く。

「申し訳ありません!!私がもっと早くに異常に気づくべきでした!」アイザックはギュッと力強く目を閉じて、頭を下げる。


「お前のせいではない…私が神殿内の変革を考え行ったことが、仇となったのだ…

むしろ、こうなる事は容易に予想できた…」

神殿長はその後の言葉を紡ぐことができず、拳に力を入れて押し黙る。


「アネモネ…すまない…痛むだろう、すぐに治療しよう」身体中に鞭打ちを受けた痕があるため、どの様に抱き上げたらいいか、迷う優しい腕にゆっくりと抱え上げられ、神殿長は治療院に私を運んでくれた。


プリメラも、アイザックに抱き抱えられて後に続いてくる。緊張の糸がプツリと切れたプリメラは、そのまま眠ってしまった。

私を抱き抱える神殿長は、今にも泣き出しそうに苦しそうな表情で私の顔色を見る。「もう大丈夫だ、もう誰にも傷つけさせたりしないからな、死ぬなアネモネ!」

冷たくなった神殿長の手が優しく私の頬に触れる。

ようやく、マチルダ編が終わりました。

暗い描写が多かったので、不快に思われた方は申し訳ありません꒰˘̩̩̩⌣˘̩̩̩๑꒱

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