色狂いの街ローガン4
暗い雰囲気が漂い、もともとここの辺りは、汚物の処理もしっかりしておらず、道も汚い、何よりも異臭がする…
こればかりは我慢するのは難しい、人間の五感は時間経過で慣れてくるが…
鼻が慣れたとしてもここで呼吸する事が拒まれる。
「こちらです…」
赤髪の娼婦が私達を、建物内に案内する。
作りは、娼館と変わらないが、随分と掃除されていない屋内はカビ臭く、そして、病人特有の臭いがする。
「ここは、働けなくなった娼婦の行き着く先、終末の家と呼ばれる場所です。
酷い場所だと思われるかもしれませんが、今まではそんな場所すらありませんでした。
娼婦はただ、身を売り、病に罹り、道端で朽ちていく。
でも、終末の家が出来てからは、孤独に死ぬ者は居なくなりました。」
「なるほど…で、私はここの患者の治療を?」
ここの人数全員を治療するとなると、私1人の手には負えない。
もっと、手が必要だ…顎に手を当てて悩んでいると、彼女は頭を横に振り、違うと言う。
「ここを作って下さった、ククリ様を救って欲しいのです!
ククリ様がお倒れになり…もう、どうしたらいいか…どの闇医者に見せても、手の施し用が無いと…」
ククリ…こちらの世界で聴くにしては変わった名前だ、何処か異国の人のような…と考えていると。
突然、カーディーは娼婦の両腕を抑え
「ここに、パピルスの者が居るのだな!」
と、険しい顔で尋問する。
パピルス…冷戦状態にある国の名前だ。
敵国の人間がここにいるって事は、少々まずい事態になっているのでは…
「ククリ様は…確かにパピルス人ですが…
何も、悪いことなどしておりません!むしろ救って下さいました!」
「関係ない、パピルスの血は絶やさなければならない、この情勢で何を血迷った事を。
この国の人間のくせに、その程度の事も分からないのか娼婦とは!!」
カーディーの腕を掴み
「離しなさい」と、キツく睨み付けた。
カーディーの言ってる事が正論なのは認めるが、人としては間違っている。
人の尊厳を無視した発言は、そこに正義があろうと関係なく不愉快だ。
「これは、国の問題です。パピルスの人間は皆処罰を受けねばなりません。
ここにパピルス人が病で倒れているなら、そのまま軍に連れて行くまで。」
「貴方は貴方の仕事をして構いませんが、医師として、軍に連れて行けるかどうか判断するまでは止めておいた方が良いでしょう。
この状況で、無理をすれば、私は迷わずに貴方が無益に人を殺したと言わなければなりません。
こちらでは、パピルスの方に助けられた人が多いようですから、どんな噂が立つか分かりませんよ。」
これを聞いて、カーディーは渋々腕を離し、分かりました。と苛立ちを隠した声で口にする。
これは、ただの脅迫だが、病むを得まい。
正直、国の問題で人が死ぬのはうんざりだ。
どれだけの人間が数字として扱われているか、その戦争を仕掛ける者は戦場で死ぬ事もなく、死んだ者達の名前すら知らない。
娼婦の案内でククリ様の部屋に入る。
1人の娼婦が側についているが、見た目は酷かった…梅毒が進行しているのだろう、顔に紅斑が出ており、痛みに耐えているという顔だ。
肝心のククリ様は、半眼でベッドに横になっている。
褐色の肌、緑がかった髪、見ただけでこちらの人間では無い。
カーディーは、その姿をみて身構えているが、横の私に睨まれ、動けずにいる。
そんなカーディーが居る状態だが、ククリ様の診察を行うことにした。
いつもの様に、目で体のどこに異常があるか観察する。
この感じは、恐らく脳だろう…と頭を見ると血腫があった。
慢性硬膜下血腫だ!
「ククリ様は、徐々に身体の動きが悪くなっていったのではないですか?」
尋ねられた娼婦は、驚いた顔をして
「はいっ、そうなんです!!
寒くなり始めてから身体が不自由になられ始め、ここ最近はもうお話も出来ないくなってしまって…」
最後は涙ながらに話した。
慢性硬膜下血腫(chronic subdural hematoma)
急性と慢性があるが、どちらも頭部の外傷がトリガーとなり、硬膜と脳の間に血が溜まって行く。
急性硬膜下血腫に関しては、急激な出血により脳を圧迫し、脳幹と呼ばれる生命に必要な働きを担う部位が圧迫され、死に至る。これは緊急性が非常に高い。
それに対して、慢性硬膜下血腫は、強く頭をぶつけた、などの日常で多少起こる外傷がきっかけとなり、緩徐に硬膜と脳の間で出血が溜まっていく。
そのため、侵攻は遅く、外傷を負ったとされる時期から1〜2カ月程の時間をかけて緩やかに侵攻する。頭痛、歩行障害、麻痺が起こり最終的に意識は混濁、死に至る。
瞳孔を確認すると、左右の大きさは違い、状態はかなり悪い。
なるべく早く手術したい…明日にでも準備して手術したい!だが、カーディーがいる。
この後、軍に帰ったカーディーが報告すれば直ぐにでもここへやって来るだろう。
どうする…どうする…
診療用の鞄の中を見る。
点滴セット、抗生剤、縫合セット、滅菌ライト…やれるか?
「すみません、ここに大工道具の平ノミとハンマーはありませんか?」
「あ、はい、屋敷の納屋を見て参ります!」
カーディーさん、これから手術をしたいと思います。
このままだと患者が危険なので。
カーディーは、目を丸くして、手術とは?と聞いてくる。
「今回の手術は、頭に血液が溜まって、脳が圧迫されたために起きています。
このまま治療しなければ死にます。
なので、頭に傷を入れて、頭蓋骨を削り中の血液を外に出します!」
「頭に傷を??頭蓋骨を削る??
貴方こそ、殺す気ですか?!医者ですよね?」
カーディーに正気を疑われるが、これは大真面目である。
「信じてください!必ず助けます。」
なので、少し手伝いをお願いします、紙に生理的食塩水の作り方を書き、この通りに作って欲しいと頼む。
ここを出たら、カーディーは手伝いなどしてくれないだろう、今しかない…
カーディーは、疑いの目で私を見るが、分かりました…と、側付きの娼婦を連れて準備しに行ってくれた。