魔力と人体図
この世界においての、魔力の使い道について興味を持ちます。魔力とは一体何なのか?
雨に打たれ、冷えたため、着替えをする。
神殿長の話しが頭の中にずっと残る。人は誰でも苦い経験をしているが、辛かっただろうと思わずにはいられなかった。
神殿長の顔は通常営業に戻っており、滞っていた書類仕事を片付ける。
仕事をしながら、神殿長の話にも出てきたが魔力という力がこの世界でどの様な効果を持つのか気になっていた。昔の記憶に引っ張られ過ぎており、私は外の世界に全く目を向けていなかった。
こちらの世界で生きている様で、生きていないそんな感覚だった。
聖杯に触れて溜まっていく液体が魔力で、兵器の原動力となっているようだが…
この世界だからこそ可能な魔力の使い方というものがあればと、魔力とやらの活用方法知りたいと考えていた。
ファンタジーな世界なら魔法でちゃちゃっと怪我とか治せてしまったり…でもそれならこの治療院必要なくね??自分で自分に突っ込んで、恐らく回復させたり、再生させるというのは無理なんだなぁと1人で思索に耽って落ち込む。
「手が進んでいない様だが、何を考えている。」
集中しろと、眉間に皺を寄せて鋭い目で睨まれる。
「すみません!魔力の使い道に少し興味があり考えておりました」
「魔力の使い道…」
そう言って、筆を置いて立ち上がり、クローゼットの中から丸いファンデーションのケースの様な形の物を持ってくる。
「これは、軍にいた時に使用していた魔力感知器と呼ばれる物だ。この凹みに指を入れると魔力を発する力を見る事が出来る。」
ほぉーっと、凹みに指を入れてみるとパチっと静電気が走る痛みがあった。
すると、神殿長の体内でゆらゆらと光りが見える。
「神殿長、光ってますね!」
「魔力を持っているから光って見えるんだろう…あまり長く使うと疲れるぞ」
そう言われたが、この光の流れを私は知っている…そのため指を離すことが出来ない。
この流れは、血管を流れる血液の流れではないだろうか?
途端に、手に持っていた物を取り上げられ、目に写っていた光が消える。
「これは、そんなに長く使用する物ではない、それに子供の君には体力の消耗も激しい、傷も治っていないのだからダメだ!」
私は、返してーと手を伸ばすが、神殿長は高く挙げて、ダメだと返してくれない。子供からオモチャを取り上げた親のようだ。
「これは、面白いですね…使い続けるとどんな症状が出るのか興味があります!!だから返して下さい!」両手の掌を前に出して、おねだりする。
「馬鹿者!自分で試す奴があるか!!」雷がピシャリと落ちる。
「魔力を使い過ぎた時の不調は魔力枯渇症と呼ばれている。症状としては、軽度なら目眩とふらつき、重症だと呼吸が苦しくなり、意識を失う」
「治療法はあるのですか?」
「軍人は、それぞれ自分の魔力を日々少しづつ貯めておく専用の収納器がある。
枯渇したらそこから自分に戻す。
他者の魔力を貰う場合もあるが、そうすると大抵上手くいかず、酷い場合は死ぬこともあるため基本的に禁忌となっている。」
この魔力枯渇症とやらは、貧血の症状と酷似している。
魔力とは血液内の赤血球なのでは?
単なる仮説でしかないが、先程の神殿長の身体を流れる光といい、枯渇症とやらの症状といい。
その際に他者の赤血球を輸血されると考えれば、血型が合わなければ死ぬのも納得できる。
大抵上手くいかないということは、上手くいくこともあるということか…たまたま血型が合致した、もしくは異型適合血だった…
研究したい!!!これが、研究出来れば医学の進歩に繋がるかもしれない!!
そんな事を考えて、またもや思索に耽っていると、頭を小突かれた。
「仕事の手が止まっている。そんなに面白かったか…だが、遊び道具ではない。
意外と子供らしい面もあるのだな…」
と、机を筆でコンコンと鳴らして、仕事をしろと促される。
ムゥっ…と、折角面白くなってきたのに、途中で思考を途切れさせられたことに腹を立てる。
「これが終わったら、試してみたい事があるので協力して下さい」と、神殿長にお願いする。
「ちゃんと仕事したら考えてやる」
考えてやるじゃ困るんだよ…あー早く終わらせて研究したい!!頭をフルに使って手早く書類に筆を走らせる。
仕事を終えて、神殿長を伴って、本堂に祀られる聖杯に向かう。
「神殿長、聖杯に魔力を貯める時は、誰のものでも全てここに入れて軍に献上するんですよね?」
聖杯の中を覗きながら、質問する。
「そうだ、これが軍に渡り、魔導兵器の力となる。」
ふむ、魔導兵器とやらは、雑多な魔力が入り混じっていても問題なく機能するのか…
どういうカラクリで動いているのか気になるなぁ…それにこれを作ってる技術者も気になる。
神殿長に尋ねてみても、使っていた機械がどのようなカラクリで動いているのか、詳細は分からないようであった。
「この聖杯の中に溜まっている魔力に直接手で触れる事は可能ですか?」
聖杯を振りながら、ワインレッドの液体が揺ら揺らと揺れるのを見つめて問いかける。
「触ったとしても、魔力は液体だ。手が汚れるだけだぞ。それに聖杯は魔力が漏れ出さないように見えにくいが、密閉されている。この場で取り出す事は出来ない。」
よく見ると聖杯の上部はガラスの様に透明な蓋が付いており、一度中に入ると取り出せないようだ。
「一体さっきからなんなのだ?!君は何がしたい?」
質問責めに合うも、意図が分からず大層不機嫌な様子の神官長がとうとう我慢の限界に達したようだ。
「これは、あくまでも仮説でしかないのですが、それでもよろしいですか?」
仮説といっても、正直仮説にすらなり得ない。血液の流れに酷似した光の流動、枯渇した時の症状、治療法などから勝手想像した夢物語だ。
「何でも構わないから…とりあえず何を考えて、何がしたいのか教えてくれ!
意図も分からないのに質問に応え続ける身にもなれ」
はぁっ…と深い溜息をつく。1度話をするために神殿長の部屋に戻る。
私の世界の知識からまず説明しますね。
前置きを置いて、人体図を紙に描いていく。
神殿長は、目を釘付けにして開いた口がそのままになっている。
「これは…人間の内部か…何故こんなことを知っている?」
この世界では、腑分けをしないのだろうか?少なくとも医療行為をしていれば、内蔵の位置ぐらい知ってそうなものだが…
「私は、以前外科医として、身体に刃物で傷をつけて内部から直接治療を行う手術という物をしていました。ですから、人体の中身がどこに何があるのか分かります。」
「そのような…この国で死体に傷をつけることは許されていない。
死者を悪戯に痛ぶるなかれ、その身は神の御許に御返しする分身と心得よ…この言葉は、聖典の一文だ。
それに、生きている者をそのように傷つける者は狂人だ…」
こちらの宗教により、医学の進歩が遅れているのか…確かに死体を切り開く行為を禁じるのも理解はできる。
「こちらの世界からしたら私は邪教でしょうね。悪戯に痛ぶっているつもりはございませんが、人間の内部構造を知らずに医学の進歩は在りませんでした。
先人が何千何万という人体に傷をつけた数が今の私の知識となり、そして救えなかった命を救える未来を与えてくれました。」
大昔に、勇気ある者が果敢に挑戦し続け、失敗してきた歴史の積み重ねが未来を作る。未来に希望を託した人々の願いを受け継いだ者達が、失敗から成功を導いた。
そうやって、今日よりも明日を良い世界にしてきたのだ。
「それは、そうかもしれないが…済まない、私にはなかなか理解に苦しむ。
軍人は、傷の数だけ勲章となるが、死者となった者にそれ以上傷を付けることなど、憚られる行いだ。」
顔を伏せて、腑分けという行為を想像し、嫌悪感が隠しきれないという表情だ。
「私の世界の行いを理解してもらわなくても構わないのです。
ただ、人体の知識について詳しいのは、そういった経緯であるというだけです。
先人から受け継いだ知識を持ったまま、こちらに生まれ落ちたのですから、自分の出来る事を全力でやりたい!
出せる力が有りながら、出し惜しみして後悔したくないのです!
お話を聞くのも嫌だと仰るならば、私はここで手を止めましょう。」
人体図を描いていた手を止めて筆を置こうとした。
神殿長は、私の手を取り
「問題ない。
君が規格外なのは判っていたことだ。
君が、命と尊厳を守るために強い信念と情熱を持っていると知っている。
今更、ここで君の道を閉ざすつもりはない。」
話を続けなさいと、筆を再び力強く握らせてくれた。
日本では、杉田玄白の解体新書が人体図では有名ですね。これらは、死刑囚を腑分けと言って解剖し人体構造を図として残したものです。
こうして、沢山の積み重ねが医療を進化させてきたのだと思うと、先人達には感謝しかありませんカキカキ …"〆´◡ฺ`。)