名前の由来
「そっか・・・完全ランダムで法則性なんてない可能性が高くなったわね。
・・話を続けるわよ?
あなたの身体の怪我は階段から落ちたほどの大怪我ではないの。
恐らく階段から落ちた時の大怪我は異世界転移の際の身体の再構成で健康体に戻されたはずよ。
今のあなたは何から何まで、元の人格以外変わっているはず・・・そうよね?
私があなたの名前を聞かなかったのはそれでなの。
あなたはこの異世界で『別人』として生きていかなくてはいけないの。
私が日本で『イシュチェル』って名前の訳ないでしょう?
あなたもこの異世界で名乗る名前を決めなくてはいけないわ」
「日本での名前を異世界でも名乗るって訳にはいかないんですか?」
「理由はゆっくり話すけれど、私達『異世界転移人』は『異世界転移人』である事をこの世界の人間にバレてはいけないの。
日本での名前が異世界でもよくある名前という事も稀にある事だけれども、それでも危険回避のため異世界だけの偽名を名乗るべきね。
そして本名は誰にも教えちゃダメ。
たとえ私にでもダメ。
知っていたら自白魔法で芋づる式に捕まる可能性があるからね。
誰かが捕まったとしても、本名を知らなきゃ逃げ延びた人間は姿を眩まして偽名を変えればそれで良いんだから」
「わ、わかりました。
ところで『異世界転移人とバレたらいけない理由』って何ですか?」
「我々『異世界転移人』は転移の際、スキルが誰からか知らないけど授けられるの。
そのスキルは強力な物も多くて、かく言う私も元冒険者でA~Gランクまでいる冒険者で三人しかいないSランク冒険者だったのよ。
それもこれもスキル『超成長』と『超攻撃力』のお陰ね。
冒険者として稼いだお金で『月とうさぎ亭』をオープンさせたんだけど」
「A~GランクでSランク?」私は少し混乱した。
「少しややこしかったかしら?
相撲でも一番上の番付が『大関』で、別枠として『横綱』がいるでしょ?
Sランクは別格なの」イシュチェルさんは笑いながら言った。
この異世界の最大勢力である『王国』は『異世界転移人』の力を利用して、この異世界の征服を企んでるのよ。
だから決してこの世界で平穏に生きて行きたいと思ったら、『異世界転移人』である事を隠し通さなきゃいけないの」
「わかりました。
元の世界へ戻れるかはイシュチェルさんにお任せします。
・・・と言っても私は天涯孤独で、大切な人も家族も地球にはいないし、そんなに積極的に帰りたいとは思ってないんで、還すなら後回しでもかまいません。
かまいませんけど・・・どうやって私は異世界で平穏に暮らしていけば良いんでしょうか?
一人きりで異世界に放り出されて、女として生きていく方法も知りません」私は困惑しながら言った。
(この子、性別が変わって女になった事を受け入れてるのかしら?
今まで性別が変わって男になった人も見たりしたけど、もっと取り乱してたわ。
今までの生活がロクでもなくて、捨てる事に躊躇がないのかしら?)イシュチェルさんはこの時、こう考えていたらしい。
イシュチェルさんの考えは半分正しくて半分間違っていた。
私は常に流されて生きてきた。
「そういうモンだ」と受け入れて虐待に近い生活に耐えてきた。
「生贄になるなんて冗談じゃない」と神社を出たのが初めての反抗と言って良い。
だから今回も流れに身を任せていたのだ。
受け入れているのではない。
深く考えていないのである。
深く考えていないにしても「全く何をどうして良いのやらわからない」と途方に暮れているのだ。
「身の振り方が決まるまで『月とうさぎ亭』でウェイトレスをやれば良いわよ。
ただ『月とうさぎ亭』のウェイトレスは冒険者登録をして、ダンジョンに潜らなきゃならないんだけどね。
ウチで『異世界での生き方』『女としての生き方』『冒険者としての生き方』『ウェイトレスとしての生き方』を覚えりゃ良いわ。
『男に戻りたい』かも知れないけど、今のところ男に戻れる可能性は『日本に帰る』しかないのよ。
『男に戻りたい』なら『日本に帰る』方法を探ってる私達と行動を共にした方が良いと思うわ。
何にせよあなたが生き抜くためにはウチでウェイトレスをやる以外、選択肢はないと思うけど?」
「お世話になります。
ウェイトレスをさせて下さい」私は二つ返事でイシュチェルさんに頼んだ。
「こちらこそよろしくお願いね。
でもうちで働く上で一つだけ決めておきたい事があるの」
「何ですか?」
「あなたの呼び名よ」
「・・・といっても異世界の『よくある名前』を知りません」
「よくある名前は困るわね。
例えば『マアト』という名前がこちらではよくいる名前なんだけど、『マアトが死んだ』という話を聞いた時、それがあなたの話かそうでないかが判断できないほど多い名前じゃ困るのよ」
「なるほど・・・。
何にしても異世界の事、何も知らない私には決められません。
イシュチェルさん、私の名前決めてもらえますか?」
「わかったわ。
えーっと・・・じゃああなたの名前は『カーリー』ね」
「『カーリー』ですね。
なんか由来でもあるんですか?」
「いや、珍しい名前ではあるけど悪目立ちするほど珍しい名前じゃないってのが決め手ね。
あとは覚えやすさかしら?
『カーリー』ってインドの女神の名前なのよ。
確か『血と殺戮の女神』だったかしら?」
「嫌な女神ですね・・・でも決めていただいてありがとうございます!
これから私は『カーリー』と名乗ります」