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月より遠く  作者: 海星
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ランダム

「どうしたの?」呆然と固まっている私を見てイシュチェルさんが言う。


話すべきか?


信じてもらえるだろうか?


「階段から落ちて気絶して目覚めたら女になってた」余計に信じられずに怪しまれそうだ。


「助けてくれてありがとうございます。


階段から落ちて頭を打ったんでしょうか、ちょっと記憶が混濁しています。


どこまでが夢でどこまでが現実か自分でもわからないんです。


ごめんなさい」私は少し濁して自分を説明した。


「階段?あの草原のどこに階段があるの?」イシュチェルさんは少し眉をひそめて言った。


でも頭を打って『記憶が混濁している』という私から無理に色々聞き出そうとはこの時はしなかったらしい。


『嘘はついていない。夢をみていただけだ』という者から何を聞いてもしょうがないと思ったのだ。


イシュチェルさんはふと思いつき、私に全く関係ない話をふってきた。


「ここは『月とうさぎ亭』って酒場なの。


この名前をどう思う?」


「『どう?』と言われても・・・月とうさぎはよくある組み合わせだし・・・」私は答えた。


「あなた・・・地球、それも日本から来たわね?」イシュチェルさんは驚いた顔をして言った。


「ここは地球、日本ではないんですか?」私はビックリして答えた。


「やっぱり・・・ここはダイタロスの街。


この世界に精度の高い地図はないけれど、地図を見る限りここは地球ではないわね。


それにこの世界では月が二つあるの。


ここがどこであれ地球なら、月はどこにいても一つでしょう?」イシュチェルさんは言った。


「何でイシュチェルさんは私が地球出身だとわかったんですか?」私は素直に『地球出身だ』と認め聞いた。


「あなたは『月とうさぎはよくある組み合わせだ』と言ってたわね?


でもそれは日本と韓国と中国だけなの。


それ以外の国ではロバだったり、カニだったり、ワニだったり・・・。


つまり極東アジア以外に『月とうさぎ』という発想はないのよ。


これからはわからないけど韓国と中国からは異世界転生者は来ていない。


つまり『月とうさぎ』の事を知っている人は、日本人・・・という事になるの。


それともう一つこの世界の月の模様は一つの月が『竜』でもう一つの月が『鳳凰』っていうのがポピュラーで『月とうさぎ』という発想はこの世界にはないのよ。


私がこの酒場に『月とうさぎ亭』って名前をつけたのは、同郷の人を見つけるためなの。


地球、しかも日本出身ならあなたみたいに『月とうさぎ亭』って名前に反応するでしょう?」とイシュチェルさん。


「なるほど・・・で、イシュチェルさんは同郷の人を見つけて、どうするつもりだったんですか?」私は質問した。


後から考えるとバカな事を聞いたと思う。


東京に出て来た人が『〇〇県民会』という集まりを作りたがるという話はよく聞くが、別に同郷の人を集めて何かをやろうとしている訳ではない。


外国に行っても、中国人街、日本人街、というものは普通にある。


シンガポールに行くとインド人街なんてものもあった。


異世界に『地球人が集まる店』を作ろうとした人がいて『何のために』という質問は野暮という物だろう。


敢えて理由を言うとしたら、ノスタルジックな心境、『誰か故郷を想わざる』という回顧的な心境を共有しよう・・・というものだろう。


しかしイシュチェルさんは嫌な顔をする事なく丁寧に説明してくれた。


「あなたがどうやってこの『異世界』に来たかは知らない。


自分の意思で異世界に来た人、突然の事故に巻き込まれて異世界に来てしまった人、宗教的な儀式で生贄にされて異世界に来た人・・・色々な人が日本から異世界に来ているわ。


今のところ私が把握しているところでは8人の日本人が少なくとも異世界に来ているわ。


自ら望んで異世界に転移する方法を見つけ出した人もいるわ。


だから『日本』に帰りたくない人もいる。


でも大体の人が『日本に家族など大切な人がいる』という人がほとんどなの。


『帰りたくない』という人でも『大切な人が無事かどうか確認したい』と思う人がほとんど全員なの。


でもそれはほぼ不可能なの」


「何で不可能なんですか?」


「地球と異世界で時の流れが違うからよ。


異世界の方が時間が緩やかに流れているの。


今、地球に残された大切な人の安否を確認出来たとして、次の日には状況が変わっている可能性が高いの。


簡単に言えば次の日には寿命で大切な人が死ぬ可能性もあるのよ」


「何でそんな事がわかるんですか?」


「私は今20歳よ。


16歳の時日本から異世界に来たの。


異世界の一年は365日で地球と全く同じなの。


で、私は昭和53年から来たの。


地球で長く時を過ごしてた人で、30代だけど地球では私より遥かに年下という人もいるわよ。


『昭和』の後、私は知らないけど『平成』って元号に変わったんでしょ?


確かその人は『平成生まれ』って言ってたわ。


だから時間が経てば経つほど、大切な人が寿命を迎えて減っていくの。


だから『日本に帰りたい』と思ってる人達にあまり猶予はないのよ。


でも『日本に帰れた』としても出来る事は『大切な人の安否を確かめる事』だけの可能性が高いのよね」


「どうしてですか?」


「あなたは転移した後、気絶していたから知らないかも知れないけど『異世界転移の門』をくぐってあなたが気絶していた間に肉体が再構成されたの。


つまり『見た目は日本にいた時と赤の他人になった』の。


そして見た目は『異世界人』と似たような感じになったの。


そして再構成された時、性別すら変わっている事も多いのよ。


それで異世界で生活していると地球では何倍もの早さで時が流れているの。


考えてもみて?


八十歳くらいの両親に二十歳そこそこの外国人の男が「あなたの娘です」と言って、信じられると思う?


「帰れ」と言われて終わりよね。


『地球に帰れたとして、肉親や大切な人の安否を確かめる事だけしか出来ない』と言ったのはそれが理由。


帰れたとしたなら、帰る時にもう一度肉体が再構成されるかも知れない。


でも元の身体に戻れる可能性はゼロに等しいの。


『ちゃんと元の再構成される前の肉体に戻れるか?』


私は肉体再構成の法則性について調べたの。


結果『完全にランダムである』『再構成は出鱈目である』という事がハッキリしたわ。


私みたいに日本にいた時も女で異世界に来ても女、という人もいる。


その逆の人もね、日本にいた時も男で異世界に来ても男、という人もいるわ。


でも日本にいた時は女で異世界に来たら男・・・という人も4人いるの。


まあ8人とサンプルは少ないんだけど『日本にいた時は男で異世界に来たら女』というケースはないわね。


もしかしたらそういったケースだけはないのかも知れない。


そうしたらそれが『明らかになってる唯一の法則性』よね」


「ごめんなさい。


その法則間違ってます。


私が『日本にいた時男で異世界に来たら女』になってたあなたが知る限り初めてのケースです」

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