山小屋
目を醒ます。
私は草原にいたはずだった。
屋内のベッドで眠らされている。
知らない光景だ。
ここは山小屋か?
電気は通っていないらしい。
電気が通っていればこんな夜に電気はつけるだろうし、蝋燭に火を灯さないだろう。
色々状況を考えると神社に連れ戻された訳ではない。
階段から落ちて出来たはずの打ち身や擦り傷は綺麗に消えていた。
骨もしかしたらどこかの骨にヒビが入っているかも知れない・・・と思っていたが、骨折どころか身体の痛みすらない。
ただ倦怠感が強い。
到底起き上がる事は出来ない。
喉が渇く。
喉がカラカラで喋る事が出来ない。
おでこに冷えた布がかけられている。
布は氷水の中で冷やされているようだ。
いや、待て、電気もきていない小屋でどうやって氷を調達したんだろう?
近くに電化されている施設があるのかも知れない。
そちらに病人を運び込めば良いのに、わざわざ電化されてない小屋に病人を運び込んで他所から氷などを運び込んできている理由は何だろう?
「理由はどうあれ、完全に善意で看病してもらってるんだから文句は言えないよな。」私は頭に浮かんだ疑問を呑み込んだ。
「あ、目が醒めたのかい?街道沿いとは言え、街の外で倒れてたら盗賊や獣なんかに襲われてたかも知れないんだからね?」
いくら村が田舎だと言っても盗賊や獣は滅多な事では出ない。
それに声の主は『街の外』と言った。
私は村の外には出ていない。
村を『街』とは認めずに、私の住んでいるところを『街の外』だと言うんだろうか?
『街道沿い』と言っていたが、私の住んでいるところは国道が通っておらず、めぼしい『街道』はない。
一番大きな道で『県道』で、それ以外はほぼ畦道か山道だ。
そんなところだが決して治安は悪くない。
家に鍵はかけなくても、盗賊どころか「泥棒が入った」と言う話も聞いた事もない。
それに「獣が出る」と言っても猪か鹿か野犬か猿くらいだ。
「熊が出た」と言う話は聞いた事がないし、積極的に人間を襲う獣も存在しない。
大体被害を受けているのは農家で「田畑が荒らされて困っている」と言う話は頻繁に聞いたが「道端で獣に襲われた」と言う話は聞いた事がない。
「何を大袈裟な事を言っているのかはわからないけれど、取り敢えず倒れているところを助けられて介抱してもらったんだ。御礼を言わないと」と私は無理に寝かされているベッドから上半身を起こそうとしてみた。
「あぁ、無理に起きようとしなくても良いから。
あと、喋れないんだろ?
無理に喋らなくても良いよ。
礼なら後でも聞けるからね」私が起き上がろうとすると、介抱している女性に止められた。
その言葉に甘えて私はもう少し眠らせてもらう事にした。
介抱している女性は私より少し歳上の二十歳前後だろうか?
「あぁ紹介が遅れたね、私はイシュチェルって言うんだ。
酒場で『女主人』をしてる。
アンタが今寝てるのも酒場の二階だよ」
二階?まるで屋根裏のように薄暗い。
薄暗い理由は電灯がないからだ。
そして窓ガラスが見当たらない。
恐らく外は夜なんだろう。
窓ガラスはないが、窓が無い訳ではない。
光を入れるために蔀と言われる窓にはめてある板を跳ね上げるんだと思う。
私が神社に住んでいて、古来からの日本家屋についての知識がある程度あるから知っていた事だ。
平安時代の窓はこのように蔀がはまっていたという。
だが、ここが日本家屋には見えない。
それにイシュチェルさんは「ここは二階だ」と言っていた。
日本家屋は普通、平屋立てだ。
それに蝋燭を置いてある燭台やベッドを見ても、どちらかと言うと洋風に見える。
「アンタの紹介は、アンタがある程度元気になってからで良いよ。
心配しないでもここは安全だし、何より男子禁制だからね」イシュチェルさんは手で私を「もう少し安心して寝てなさい」と制した。
男子禁制?
なら私はここにいたらダメなんじゃないか?
しかし私は安心もあったのだろうし、身体が睡眠を求めていたのだろう。
そのまま泥のような眠りについた。