不測
「カーリー、崖を背にして立って」ヨランダさんは短く言った。
それは「お前の背中までは護り切れない」と言っているのと同じだった。
崖の向こうから魔物が空を飛んで私を襲う事があるかも知れない。
だがヨランダさんにそれをケアする余裕などはなかった。
ヨランダさんにしてみれば森に現れる魔物など雑魚以下だろう。
だが私の気配に誘われて現れた魔物は数千。
魔物にも強いものと弱いものがいるが、平均すると森に現れる魔物一体を倒すのに駆け出しの冒険者パーティー5人がかり、つまり駆け出し冒険者5倍の強さが必要だ。
つまり数千の魔物を相手にするという事は一万以上の軍勢を相手にしている、一国の軍隊を相手のしているのとほぼ同じだ。
ヨランダさんは一国の軍隊並みの魔物の群れを一人で相手にするだけでなく、一人の足手まといを完全に護りきらなくてはいけない。
今日は見学くらいの軽い気持ちだった。
森の奥深くまで入る気も本格的な戦闘をする気も無かった。
なので私に護衛もついていない。
森に来たのもヨランダさんと私の二人きりだ。
イシュチェルさんは仲間の異世界転生人達3人で一時間かからず国を一つ滅ぼしたという。
しかもその頃イシュチェルさん達はまだスキルの使い方を覚えたばかりで、今の十分の一の力も発揮出来なかったらしい。
ヨランダさんも森に現れた魔物を殲滅するくらい問題にならない。
しかしそれは私がいなければの話だ。
イシュチェルさんの師匠も力のない者を護れず命を落としている。
ヨランダさんは小さく舌打ちをした。
(さぁ、どうする?)
ヨランダさんの優秀な思考は凄い勢いで回転した。
私はイマイチ何が起きているのか解っていなかった。
急に獣達が毛を逆立てはじめて、何故かヨランダさんが身構えたと思ったら急に「崖を背にして立って」と言われたのだ。
何事が起きているのかはわからない。
ただ不測の大事が起きているのは私でも理解出来た。
~一方その頃『月とうさぎ亭』~
「イシュチェルさん、森の入り口に獣と魔物が集結しているようです」
「それはニンフ、あなたのスキル『精霊術』で知ったの?」
「はい、森の精霊達が私に教えてくれました」
「そう、森の精霊達は他に何か言ってた?」
「はい、他に2人の人間が森に入って来たそうです。
そのうち一人の人間に反応して獣と魔物が集まって来たらしいです」
「その二人がヨランダとカーリーという可能性は?」
「そこまではわかりません。
ただ、知っての通りヨランダとカーリーの二人は冒険者ギルドに行った後、街の外に出たのを目撃されています。
その二人の人間がヨランダとカーリーの可能性は高いかと・・・」
「決まりね。
じゃあその二人を助けに行きましょう。
たとえその二人がヨランダとカーリーじゃなかったとしても、森の入り口まで魔物の群れが来てるって事は早かれ遅かれ街に魔物の群れが来るって事だわ。
今動かなくっても、そのうちに冒険者ギルドから出陣の要請がくるはずよ。
魔物を殲滅してから街の外に出たヨランダとカーリーの二人を保護する事になるかもしれないけど・・・何にしても森には行かなくちゃいけないわね」




