居場所
本来なら説明する立場のメインさんが混乱しているので、
ヨランダさんが代わりに『何が起きているか』を私に教えてくれた。
「私も『カーリーはきっと前衛じゃなくて後衛、直接戦闘職じゃなくて補助職』だと思っていたけれど、まさか神職でもないのに『聖女』とはね・・・。
『聖女』っていうのは普通、神職の修行をしている者の中から千年に一人誕生するかしないかのジョブだと言われているの。
教会所属者の中からじゃなくてウェイトレスから聖女の適職者が産まれた事でメインは混乱しているの。
カーリー、あなた教会に所属していたの?」
心当たりはある。
私が育ったのは『教会』ではないが『神社』だ。
村の神社には巫女はおらず、巫女がやるような雑事を私はやらされていた。
宗教は違えど私は『神職だった』と言えなくもない。
しかし「ヨランダさんを信用している、していない」とは関係なく、あまり個人情報は話すべきではない。
それはヨランダさんの個人の話を聞いた事がない事でも明らかだ。
「えぇ、まぁ・・・」私は首肯しながらも濁して返事をした。
「カーリーちゃんの適職は『聖女』ね。
驚きではあるけれど、冒険者をやっていく中で『聖女』が一番カーリーちゃんに適したジョブよ。
この『適職診断』は外れた事は今のところ一度もないはずよ。
勇者も『適職診断』で選ばれるのだし・・・」メインさんは納得が出来ないように考え込んでいる。
「じゃあカーリーのジョブは『聖女』でセットして。
その時に『超カリスマ』のスキルを付けるのを忘れないでね」ヨランダさんはメインさんを急かすように言った。
「う、うん。
わかったわ」メインさんは契約書のような物を私の前に置いた。
「ここに名前を書いて」とメインさん。
「ごめんなさい。
文字が書けません」と私。
「文字が書けないなら、拇印を捺して。
とにかく、冒険者ギルドに登録して契約しないとジョブにつく事も、スキルをセットする事も出来ないの」
私は言われた通り、契約書に拇印を捺した。
「これでカーリーちゃんは『聖女』よ。
・・・にしても神職じゃない『聖女』なんて聞いた事もないわよ」
私とヨランダさんはギルドを後にし狩りの場所、森へと向かった。
森は街を出て街道を東に抜けたところにある。
私達は歩いて森を目指した。
道すがらヨランダさんは私に今後の予定を話した。
「これから教会に週に二回くらいは神術を学びに行ってもらおうかしら?」ヨランダさんが考えながら言った。
「『教会に勉強に行きます』と言って、教会は『はい、いらっしゃい』と受け入れてくれるものなんですか?」と私。
「『神職』と一口に言っても沢山いるの。
『神官』『悪魔祓』『戦闘僧』そして『聖女』などね。
教会と『月とうさぎ亭』は協力関係にあるわ。
『月とうさぎ亭』の者達がダンジョンに潜る時、教会の者達が何人かはついてくるの。
教会の修行の一つにダンジョン探索が含まれているのよ。
だから、『何人か毎回修行僧を受け入れてるんだから、アンタらも神職の修行する人くらい一人受け入れなさい』と言えば多分通ると思うわ」
さすがヨランダさん、対策を練るのと決断のスピードが早い。
「問題は『カーリーが生まれながらの聖女である』事よ。
生まれながらの聖人っていうのは地球でも異世界でも特別視されるの。
カーリーも聞いた事があるでしょ?
お釈迦様が生まれた直後に『天上天下唯我独尊』って言ったとか、キリストが生まれた時にベツレヘムの星が東方に輝いて三賢人がお祝いに訪れた・・・とか。
教会がもしかしたらカーリーを手放さないかもね。
でも毎回足手まといの神職のひよっこを連れてダンジョンに潜ってあげてるんだから『カーリーにつきまとうなら教会との協力関係を止める』と脅せば簡単に話は通ると思うんだけどね」
なるほど。
「ところでカーリーに聞きたいんだけど・・・。
あなたはどうなりたい訳?」
「『どう』と言われても何て答えて良いかわからないんですけど」
「ごめんなさいね。
言い方を変えるわ。
『カーリーは日本に帰りたいの?』『異世界にとどまりたいの?』
正直に答えて」
「・・・まだ意見は固まってません。
『どうしても日本に戻りたい』という強い希望はないんですが、世話になっているイシュチェルさん達の希望は叶って欲しいし・・・。
それに今の私の強さのままでは異世界で生きていけないでしょう。
戻るにしても戻らないにしても、今はしばらく異世界で暮らしていけるだけの強さは身に付けなくちゃいけないと思っています。
・・・って笑っちゃいますよね。
私が『強くなりたい』なんて希望を抱いているんですから」
「何もおかしくないわよ。
イシュチェルさんがまだスキルの大切さを知る前、何度も死にかけた冒険者の一人だった頃に、イシュチェルさんにスキルの大切さを教えた『異世界転移人』がいたらしいわ。
泥にまみれた冒険者だったイシュチェルさんが『もう誰も大切な人を死なせたくない』『仲間を守る場所を作りたい』と話した時に彼に言われたらしいわ。
『何もおかしくない。
大きな目標を人に話して、笑われようが貶されようが退路を絶って踏ん張っている人を俺は笑わない。
松尾芭蕉が芭蕉と名乗る前に名乗っていた名前を知っているか?
桃青だ。
誰を真似たかわかるか?
李白だ。
人に笑われようが馬鹿にされようが、口にした以上は絶対に実現してみせると気迫を見せているんであるなら俺は応援する。
他の人には教えていなかったがお前には教えておこうと思う。
〈正しいスキルの使い方〉だ』と」
「へ~!
イシュチェルさんにもそんな師匠みたいな人がいるんですね!」
「『いる』じゃなくて『いた』だけどね」
「今はもういないんですか?
もしかして日本に戻ったんですか!?」
「・・・だったら良かったんだけどね。
死んだのよ。
その人はね、異世界で家庭を築いていたのよ。
その人の奥さんと子供がある王国に人質に取られたのよ。
その人はある王国に『異世界転移人だ』という秘密を知られたのよ。
一人で一国の軍隊に匹敵すると言われている『異世界転移人』をその王国は恐れたのよ。
その人はね、自分の命と引き換えに奥さんと子供の無事を約束して処刑を受け入れたのよ。
しかしその王国はその人との約束を破って、その人を処刑した後にその人の奥さんと子供を処刑したの。
それにはイシュチェルさんをはじめ、異世界転移人達の怒りを買ったわ。
その王国の王城からはその日のうちに何者かの手によって生き物はいなくなったのよ。
何で『異世界転移人』である事を隠すのかわかったかしら?」
「何でその王国は人質を取って、約束を破って、異世界転移人を処刑したんでしょうか?」
「あなたが日本にいた時、排他的な集録はなかったかしら?
味方にはとことん甘いけれど、敵にはとことん厳しい・・・っていう」
私は自分がいた村を思い出した。
村人達は私には冷たかったが、村人同士はきわめて普通だった。
きっと村人同士では『優しさ』は存在したのだろう。
私に対する『優しさ』がなかっただけで。
「彼らにしてみれば突然力を持った『招かれざる隣人』が現れたようなものよ。
自分に理解出来ない強大な力を持っている者は『脅威』なの。
一時的に手を組んで共闘する事は出来るかも知れない。
でも最終的には『悪魔』だの『魔女』だの言われて処刑される運命を辿るのよ。
ジャンヌダルクがそうだったように。
処刑された『異世界転移人』は、その王国を襲っていた魔族の殲滅を善意で手伝っただけよ。
その魔族の殲滅の際に『異世界転移人である』と王国中に知れ渡ったの。
話は逸れるけど
『異世界は異世界転移人に住みやすいように作られていない』
カーリーも私も「異世界転移人」だとバレた途端、今まで仲間だった人々が敵に回る・・・という事は忘れないで。
それがイシュチェルさんが同じ『月とうさぎ亭』の仲間にも『異世界転移人だ』と明かさない理由よ」
「・・・わかりました」
私は少しショックを受けた。
日本に私の居場所はなかった。
そして異世界にも私の居場所はないと言う。




