神隠し
『神隠し』
私が生まれ育った村ではそんな時代錯誤な言い伝えが信じられている。
16歳の男児が20年に一回、姿を消してしまう・・・その20年に一回の年がその年だったのだ。
「そんな根拠のない話、信じる人がいるのか」と思うかも知れないが、だいたいにおいて迷信は多く信じられており、日常に紛れ込んでいる。
その例として、丙午があげられる。
「丙午にあたる年には火事が多く、その年に生まれた女の子は性格がきつく怒りっぽい」これは実際に信じられていて、その年は出生率が低かったらしい。
その話は戦後で科学万能の時代に起こった迷信との事だ。
「その年に子供が生まれないようにすれば何も問題はないんじゃないか?」考える事は誰もが一緒だ。
丙午の年と同じように神隠しの年、村ではほとんど子供が生まれなかった。
元々そんな大きな村ではない。
過疎化、高年齢化が進み、学校は小学校と中学校と高校が合体したような分校しかない。
新しく学校に入学してくる新入生は5人いれば良い方だ。
つまり村では一年に5人くらいしか子供が産まれない。
そんな村で『神隠し』の年には子供が一人も産まれないのが当たり前だった。
『神隠し』の年は20年に一度、その年に16歳にならないように出産予定日を調整すれば良いだけの事だ。
だが私は村民が敬遠する年に産まれた。
しかもその年に産まれた子供は私だけだ。
なぜその年を私の両親は避けなかったのか?
それは村長の家の前に私を捨てた私の母親に聞いて欲しい。
私は神社に預けられた。
神社に預けられた理由は「『神隠し』の子だから」「孤児で村に孤児院がないから」の二つが理由だ。
私は神社で育った。
しかし、神社を継ぐための修行をした訳ではない。
私は『神隠しの生贄』として育てられた。
村には『狐信仰』が根強く残っていた。
つまり私は「狐様の餌」として育てられた。
別に私は大事にされて育った訳でもない。
ただ村の生贄として「生かさぬよう殺さぬよう」16歳まで育てられただけだ。
私は「16歳になったらこの村を出よう。
この村にいては自分に未来はない」と私は子供の頃から思っていた。
生贄として育てられる、というのは「家畜を食べる事を前提に育てる」というのとほとんど変わりがない。
「16歳の子供がいなかったら、それ以外の誰かが神隠しにあうかも知れない」実際にそんな事はないのだが、何せ20年に一度の事だ、『神隠しの年』ではなくても、『神隠しの年』の前後10年くらいに失踪した人がいたら「生贄のかわりに神隠しにあったんだ」などと言われる。
つまり「お前は生贄として死ぬべきだ。
お前が死なないと代わりに他の人が死ぬ」と物心ついたころから周りから言われていた。
だからもし死ななかったとして、生贄にならなかったとして、村に居場所はない。
もし生贄にならなかったとして、偶然不幸にも行方不明の村人が出たとしたら『お前の代わりに生贄になった』と村中から責められるのは目に見えてる。
私は神隠しの言い伝えを信じていなかった。
しかし、自分が生贄にならなければ早かれ遅かれ私は村人達からリンチを受けて死ぬと思っていた。
16歳になったその日に私は村を出ようと夜明け前に神社の階段を降りた。
階段を降りきったところには石で造られた白い鳥居がある。
その鳥居を抜け3kmほど北に歩いたら無人駅があり、私は夜明け前の夜行列車に乗れば誰にも見られずにこの村を出れる・・・はずだった。
階段を半分ほど降りてきた。
ここまで降りてくるとだいぶ鳥居が見えてくる。
最初は小さな違和感だった。
「いつもと違う」
しかし夜明け前に階段を降りた事などなく、暗闇から見る階段付近の風景は見た事がないものだったので、違和感はそのせいかと思っていた。
鳥居が大きく見えてきた。
気のせいなんかじゃない。
間違いない。
鳥居の付近に光が見える。
「まずい!」私は反射的に身を隠そうとした。
私がこの村から逃げようとする事は最初からバレバレだったのだ。
私がこの村から出て行こうとする16歳になったタイミングで鳥居の前で、村人達が私を逃がさないように待ち構えていた・・・と私は考えた。
しかし逃げようにも身を隠す場所がない。
階段の両脇は鬱蒼とした竹林になっていて、人間が入っていく隙間もない。
私が神社から逃げた事を村人達に伝達したのが私の育ての親である神主なら、もう私が村から逃げ出そうとした事は育ての親にはバレているのだろうし、神社には戻れない。
階段脇は竹林になっていて逃げ込む隙間もない。
階段下には村人達が待ち構えている。
つまり「どこにも逃げ場はない」と言う事だ。
私はパニックになった。
そして足を滑らせて階段から落ちた。
私はグルグルとでんぐり返しをしながら階段を落ちた。
視界がグルグルと回転する。
何が何だかわからない。
わかっているのは「私は鳥居に向かって落ちている」と言う事だ。
そして鳥居の周りには村人達が待ち構えている。
いると思っていた。
私は階段を鳥居方向に落ちていった。
私が見ていた『光』は村人達が持っている懐中電灯ではなかった。
近くまで落ちていった私は光っているのが鳥居の内側である事に気付いた。
鳥居の外側はまだ暗闇の村の夜中の風景が拡がっている。
そして階段の下には村人達はいなかった。
その事に気付いた私は「私を捕らえようとしている者はどこにもおらず、私の一人相撲だ」とようやくわかった。
光っていたのは懐中電灯ではない。
光っていたのは鳥居の内側だ。
光っていたのではない。
鳥居の内側が違う世界に繋がっていたのだ。
鳥居の外側は暗闇で、鳥居の内側は昼間の光景が広がっていた。
それに気付いた時、私は階段を転がり鳥居を通り抜けていた。
「痛たたたたた・・・・・」
私は目を回しながら立ち上がろうとした。
しかし階段から転がり落ちる時にそこらじゅうをぶつけており、立ち上がる事は出来なかった。
「ここはどこだろう?」
私は勢い余って、遠くまで転がっていったのだろうか?
私が寝ている草原は私の知っている村の光景の中になかった。
私は少し考えを巡らせたが、頭や身体中を打っていたので、悩む暇もなく意識を手放した。