次善の策
「では今から『護身術』をレクチャーします。
・・・と言ってもそんなに構えなくて良いわよ。
最初からそんなに厳しくするつもりはないし、カーリーにはそんなに厳しくしてもついて来れないと思うの。
なので初日の相手は魔術師の私、ヨランダがつとめます。
今日は先日の誘拐事件の時の対処方法を軽く教えていきます。
『あの時、こう対処すれば良かった』『次にあんな事があったら・・・』という生きた教材になれば・・・ってね。
『月とうさぎ亭』に所属している私達の教える護身技術は、マスターすればそこらへんの冒険者は軽く撃退出来る物です。
でも最初から出来る必要はないから。
むしろ出来る子に私達が教える必要はないんだし。
じゃあ始めるわね」
「よろしくお願いします」私は深々と頭を下げた。
「じゃあ誘拐された時の状況確認からしようかしら?」
「わかりました。
私がゴミ捨て場にゴミ袋を捨てようとした時、後ろから羽交い締めにされて口元を押さえて騒げないようにされた後、猿轡を咬まされたんです」
「わかりました。
後ろから押さえられたのね?
こんな感じかな?」ヨランダさんは私を羽交い締めにした。
「は、はい。そうです」
「じゃあ、まず最初はこの状態から自由に抜け出そうとしてみて。
後から『こうした方が良かった』ってアドバイスするから」
「わかりました!
せーの!くっ!!!」私は懸命に羽交い締めにされた状態から抜け出そうとした。
だが私を押さえつけているヨランダさんの腕は全く動かせず、私はその場でジタバタするだけだった。
「・・・嘘でしょ?」ヨランダさんが呆気にとられて言う。
ヨランダさんは全く力を入れていない。
それどころか私が自信をつけて護身術に気分良く打ち込めるように、わざと隙を作って拘束から抜け出させようとしていた。
なのに私はヨランダさんの腕を振り払う事も拘束から抜け出す事も出来ず、ヨランダさんの腕の中でただジタバタしている。
「降参です。
どうすればよかったか教えて下さい」私はヨランダさんにアドバイスを乞うた。
「え?えぇ、そ、そうね。
えーと・・・カーリーは兎に角捕まってはダメね。
まずは捕まらないように拘束されないようにしないといけないわ」ヨランダさんは歯切れが悪い。
私の身体能力の低さは予定外だったようで用意した対策や護身術は全て使えなくて、その場で対策を考えなくてはならないようだ。
「それと力で人と争ってはダメ。
私は魔術師で力は一般的な冒険者よりかなり低いの。
もちろん補助魔術を使って足りない身体能力は補う事は出来るわよ?
でも今回は補助魔術は一切使っていないの。
そんな私が補助魔術を使っていない状態で全く腕に力を入れていないのにカーリーは私の腕をはね除けられなかった。
・・・ハッキリ言うわ。
カーリー、あなたは五才児と喧嘩をしたら負ける可能性があります」ヨランダさんは私が可愛くて、ついオブラートに包んで話してしまった。
本当の私は三才の女の子と喧嘩をしたら惨敗する。
「じゃあどうすれば良いんですか?」私はショックを受けてヨランダに聞いた。
「知っているとは思うけど私も『異世界転移人』よ。
異世界に転移する前、護身術として『合気道』を学んでいたの。
その『合気道』をカーリーに教えようと思っているの。
カーリー、あなたには『異世界転移人』特有のスキルが眠っているはずよ。
それが目覚めるまで、カーリーは戦闘能力が全くないの。
だから私が教えられる合気道の護身術をカーリーに伝授します。
でも『究極の護身』は『闘わない事』よ。
出来る限り闘わないようにしてね?
『それでもどうしても自分の身体を護らなきゃいけない時』の対処方法を今から教えます」
「わかりました!
では、ご教示お願いします!」
~一時間経過~
「参ったわ・・・。
ここまで力がないなんて・・・。
相手に手首を掴まれただけで、ピクリとも動けないなんて・・・。
これじゃ『合気道』云々以前の問題じゃないの・・・」
身体の使い方次第で蟻が象に勝てるか?
ナンセンスだ。
そしてヨランダさんは「暴漢とカーリーは蟻と象以上の力の開きがある」と思ったのだ。
「困ったわね、どうしようかしら?」ヨランダさんは少し悩んだが、すぐに方針を決めた。
ヨランダさんのスキルは『超頭脳』と『超魔術』だ。
『超魔術』と言うと、ヨランダさんは「きてます、きてます」という『何か』を連想して嫌だと言っていたが、私は何の話かはわからない。
ヨランダさんの『魔力』と『賢さ』の高さが魔術師としての能力の高さの源であるが『賢さ』は別の事でも発揮されヨランダさんは『イシュチェル陣営の軍師』と言われている。
なので私が誘拐された時、イシュチェルさんはヨランダさんに『月とうさぎ亭』のマネジメントを任せたのだ。
そのヨランダさんが私の方針「どうすれば良いか?」悩んでいる。
お手上げに近い状態なのだ。
ヨランダさんは少し考えると「カーリー、悪いけど護身術を教えるのはもう少し後です。
明日、私達と狩りに行きましょう!」と言った。
「えっと・・・ごめんなさい。
ちょっと意味がわからないです」と私。
「ごめんなさいね、かなり説明不足よね。
地球出身のカーリーに解りやすく説明すると・・・。
貴族の子供がどうやって強くなっていくか知ってるかしら?」
「知りません」
「平民は子供の頃から畑に現れる作物に害を及ぼすモンスターを狩ったり、獣やモンスターを狩りに親について森に入ったりしてある程度まではレベルアップするの。
でも貴族は畑に入る事もないし、晩御飯の肉を狩りに森に入って行く事もない。
貴族に冒険者はあまりいないけど剣士や騎士は多いの。
そして貴族は平民より手練れが多いの。
それは職業軍人が貴族には多いから。
もちろん、騎士学校などでみっちり剣技を仕込まれて、体力強化のための厳しい訓練で強くなる・・・というのは当たり前だわ。
でも、剣も持てない子供がいきなり剣の修行には参加出来ないの。
だから貴族は赤ん坊の頃、依頼された冒険者に背負われてダンジョンに潜るの。
パーティに参加しているとパーティメンバーが倒したモンスターの経験値が活躍していない者にも入るのよ。
こうやって経験値を得て、最低限闘うだけの土台となるステータスになってから剣士や騎士の修行を行うの。
私も異世界に来たばかりの頃、闘う術が全くない状態でダンジョンに潜ったわ。
私はただのお荷物だったけど、他のパーティメンバーがモンスターを倒した経験値が私に入って闘う土台になる体力を得たの。
カーリーを今の状態で赤ん坊と同じように背負ってダンジョンに入る訳にはいかないわ。
サイズ的に背負って動き回る事は難しいし。
それにカーリーは『赤ん坊用のプロテクター』を装備出来ないからモンスターの攻撃を回避しなくちゃいけない・・・たぶん、ていうか絶対無理よね。
カーリーはダンジョンに連れて潜れるほどの体力も実力もないし、背負うにも成長しすぎている・・・じゃあこの世界の平民の子供達が狩りを覚えるように私達と一緒に狩りに行きましょう!
もちろん、カーリーに『モンスターや獣を狩れ』とは言わないわ。
カーリーには攻撃されないように護衛がつくわ。
でもパーティメンバーのカーリーにも経験値が入る・・・という訳よ。
森であればダンジョンほどの危険はないだろうし、万が一にも私達がカーリーを護衛しきれなくてモンスターの攻撃を食らう事があっても、いくらなんでも森にいるモンスターの攻撃一回で死ぬような事はないと思うわ。
危険はダンジョン探索と比べて段違いに低いし、弱いままでまた誘拐されるリスクより遥かに低いはずだわ。
・・・と言うわけで方針変更ね、森に狩りに行くわよ!」
「わかりましたが・・・私は一体何をすれば良いんですか?」
「何もする必要はないわ。
つーか、何もしちゃダメ。
私達がモンスターを倒して、その経験値がカーリーにも入る・・・それだけの話だから」
ドラクエで、はぐれメタル生息地域にレベル1のヤツ連れて行って、鬼のようにレベルアップさせるアレか。
本当に私、役立たずだな。
ダーマの神殿で転職したら賢者になれるんじゃないか?
つーか、私の今のジョブ何なんだろう?
ちゃんとウェイトレスしてるんだから『遊び人』じゃないとは思うけど。