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私は取り敢えずウェイトレスの仕事を覚える事になった。
厨房の仕事も覚えなくちゃいけない。
冒険者としてダンジョンに潜らなくてはいけない。
だが「最初は先ずウェイトレスの仕事だけを一通り覚えさせよう」とイシュチェルさんは思ったらしい。
私の教育係はヨランダさんとエクレールさんと・・・その二人がどうしても都合がつかない時にはイシュチェルさんが勤めた。
なんとか私はおっかなびっくり給仕の仕事をこなしている。
だが、他の人を見ていると「これではいけない」と思う。
異世界にビールという物はない。
だが、ビールによく似た物はある。
私は酒を飲んだ事がないので違いがよくわからないが、エールという酒が注ぐと泡が出てきて、しかもジョッキで飲むんで私は『ビールみたいなモン』という認識だ。
魔法を使える者は少数で魔法で冷やした物はどうしても高価になってしまうそうだ。
『月とうさぎ亭』が冒険者に人気がある理由は、ウェイトレスが美女揃いなのもあるが、従業員に魔法が使える者が多く、調理に氷が使えたり屋内で高火力の調理が危険なく出来るので料理の幅が広く、氷で冷やした冷たい酒が飲める事や、大火力を使った炒め物がメニューにある事にある。
そして、その冷やした酒は安価で提供されているのだ。
勤め始めたばかりの私はなんとかウェイトレスの仕事の『真似事』をしている。
『こなしている』なんておこがましくて言えない。
私が右手と左手に一つずつエールのジョッキを持っているのに対し、先輩ウェイトレス達は右手に4つ、左手に4つ、その上に2つジョッキを積んで合計10個のジョッキをいっぺんに運ぶ。
それに私がメモを取って一件ずつ注文を厨房に通すのに対し、先輩ウェイトレス達は5件の注文をメモしないで覚える。
その上、先輩ウェイトレス達は厨房の仕事も当然こなせるし、冒険者としても一流だ。
因みに冒険者登録した時にスキルを持っているかどうか判断される。
スキルを持っているか見てもらえる機会が少ないので、冒険者でない人は自分のスキルの「ある」「なし」を知らない人も多い。
そして「スキル持ちでない」人の方が多く、スキルの重要性は全くといって良いほど重要視されていない。
イシュチェルさんも最初はスキルを重要視していなかったそうだ。
RPGなどのゲームで『スキル』という言葉が出てくるようになるのは昭和の終わりか平成のはじめ頃でイシュチェルさんが日本にいた時代には『スキル』という言葉どころかRPGすらも影も形もなかったという。
イシュチェルさんが日本にいた頃は「ゲームセンター」を「インベーダーハウス」と言う人がいたと言う。
ゲームセンターにはテーブルのようなゲーム筐体が並んでいて、家庭用のゲーム機では「ブロック崩し」が辛うじてあったと言う。
「まだファミコンを知らなかった」「任天堂?あぁ、ゲームウォッチの会社?」と言うのだから、スキルを知らずに軽視していて当然だったかも知れない。
そして、後から異世界転移人達がやってくる。
その人達の中にゲーム好きがいて『スキルの大切さ』をイシュチェルさんに教えたそうだ。
それまでイシュチェルさんは多くの異世界人と同じように、スキルをセットする事はなかったという。
なのでイシュチェルさんは『抜きん出る存在』ではなかったそうだ。
後から来た異世界転移人のアドバイスを聞いて、イシュチェルさんがスキルをセットしてから『キラークイーン』と呼ばれ始めたと言う。
私は「『キラークイーン』ってフレディマーキュリーかよ!」と思ったが、イシュチェルさんは時代的にフレディマーキュリーを知らないし、『キラークイーン』という呼び名を少し気に入ってるみたいなので、その話を深く掘り下げるのは止めた。
私はまだ冒険者登録はしてはおらず、スキル認定は受けていない。
異世界人でスキルを持っていない人は珍しくなく、持っていたとしても異世界人はスキルを軽視しているのでセットは全くしていなかった。
『月とうさぎ亭』のウェイトレス達はイシュチェルさんのアドバイスで、スキルを持っている者は全てスキルをセットしている。
スキルを持っていない者でも、スキルを持っている者にサポートされながら同じようにダンジョンに潜り、徹底的に鍛えられている。
そして亜人は身体能力が高い。
いつの間にか『月とうさぎ亭のウェイトレスは強者の集まり』と言われるようになったという。
だがイシュチェルさんは強さに全く興味がない。
冒険者達はダイタロスだけではなく、様々な街で様々なダンジョンに潜る。
だから仕入れる情報量が多い。
イシュチェルさんは冒険者仲間から『地球に帰る』事に繋がる情報を得ようとしている。
『月とうさぎ亭』も情報を集めようとしてオープンさせたと言う事だ。
情報がこれまでに集まっていないかと言うと、そういう訳でもない。
集まっている情報で有力な物としては『海の向こうに遥かに科学の発展した街がある』との話だ。
しかし近年その街に行けた者はいない。
何故なら海が荒れており海の向こうまで船が出せないからだ。
『月の引力で波は発生する』中学の時、先生が確か言っていた。
つまり月が二つあるこの異世界では波は二つある月に影響されまくって、荒れ狂う・・・という事だろう。
とにかく海の向こうには『オーバーテクノロジー』の街があるらしい。
それが地球のテクノロジーの可能性は高い。
海の向こうにも『異世界転移人』はいるだろう。
彼らはどこまで『異世界転移』の仕組みに迫っているだろうか?
そしてどこまで『地球帰還』に近付いているだろうか?