プロローグ
『月とうさぎ亭』そこでの給仕が私の仕事だ。
『月とうさぎ亭』は夕方オープンして、朝方閉まる。
夜の店といっても、いかがわしいサービスは一切行っていないし女性の常連も少ないがいない訳ではない。
なぜ『女性が少ない』のかと言うと、この店の常連客のほとんどが荒くれ者の多い『冒険者』だからだ。
『月とうさぎ亭』はその荒くれ者に食事と酒を提供している。
そして冒険者同士の情報交換の場としても活用されている。
なので自然と女性は敬遠しがちな環境になってしまっている。
もちろん少ないだけで女性の冒険者がいない訳ではない。
しかし『月とうさぎ亭』の給仕は女性しかいない。
「そんな荒くれ者のたまり場で店員が女しかいなくて大丈夫か?」と考える人も少なくない。
しかし女店主は『元腕利きの冒険者』で、ほとんどの冒険者では太刀打ち出来ない。
冒険者としての腕もさる事ながら、とにかく女店主の人脈はこの街、『ダイタロス』随一だ。
『女店主イシュチェルに楯突いたら、ダイタロスの街ではやっていけない』それは常識になりつつあった。
だから私はイシュチェルさんの庇護の元、ある程度安心して給仕の仕事が出来た。
もちろん、そんな常識は知らない冒険者も少数ではあるがいた。
その"常識"を知っていて尚、「腕試しにイシュチェルを挑発してやろう」という命知らずの者もいた。
"常識"は知っているし、イシュチェルさんに楯突く気は毛頭ない・・・でも酔って歯止めがきかなくなってしまう、そんな者もいた。
結果、私は毎日二、三回は尻や胸を撫でられたり、屈強の男に押し倒されそうになったりした。
その度に私はイシュチェルさんや周りの女の子に助けられていた。
私以外の給仕の女の子達はイシュチェルさんに鍛えられていたので、尻を撫でられる事も、押し倒されそうになることもなく、いざとなれば冒険者くらいなら撃退出来る腕前を持っていた。
だが私には武術の嗜みが全くない。
「カーリーはまず『武術』よりも『護身術』を教えた方が良さそうね」イシュチェルさんは酔っぱらいから私を助けてくれながら言った。
カーリーとはイシュチェルさんがつけてくれた私の名前だ。
本名を名乗れない理由があるのだが、それは追々語る。
いつもいつもイシュチェルさんが助けてくれる訳ではない。
むしろ他の給仕の仲間が助けてくれる事がほとんどだ。
ハッキリ言って私にこの仕事は向いていないだろう。
だけど私は辞めようとは思わないし、イシュチェルさんも私を辞めさせようとはしない。
それには理由がある。