ヤッベーナ と ヒッデーナ
ただっ広いアヘール王国の王宮を、セカセカと歩く女騎士が二人。
「ヤバいわヤバいわ! 遅刻よ遅刻!」
「酷いわ酷いわ! 完全に遅刻よ!」
寝起きの欠伸を噛み殺し、朝礼の最後尾に紛れ込む二人。既に朝礼は始まっており、女騎士隊隊長による業務連絡が行われていた。
「ヤバいけどギリギリセーフよ……」
「酷いけとギリギリセーフよね……」
コソコソと二人は語らうも、事態は滅茶苦茶アウトだった。
「では我が第六部隊の【ヤッベーナ・マジデカー・ヤッチマッター】と【ヒッデーナ・チョット・コレハナイワー】の両二名にはこれより護衛の任について貰う!」
「えっ?」
「はぁ?」
突如呼ばれた二人は最後尾で訳も分からずしかめ面をした。
「今話した【ホモクセー将軍】の護衛だよ! さてはお前ら今来たな!?」
「いえいえいえいえ!!」
「居ました居ました!酷いくらいに居ました!!」
猛禽類の様な隊長の鋭い眼光が二人の眠気を完全に吹き飛ばす。
「なら大丈夫だよな!?」
「何かあるとヤバいのでもう一度願います!」
「我々色々と酷いのでもう一度お願いします!」
「 (#^ω^) 」
隊長の眉間にしわが寄り怒りと笑顔が入り混じる。しかし隊長たるもの怒りに身を任せてはいけないとして、努めて落ち着きを見せる。
「隣国のハッテン共和国から友好式典の打ち合わせの名目でホモクセー将軍が明日いらっしゃる。護衛は本来であれば第四部隊の仕事であるが、オークの動きが活発になってきて手が離せなくなった。そこで我が第六部隊にお鉢が回ってきたと言う訳だ……」
「そ、そんなヤバい仕事……我々に出来ますか!?」
「酷いことになったら……どどどどどうしよう!?」
「あー……これは独り言だが、ホモクセー将軍は国内外で煙たがれている。過激派で独断強行的な軍の使用に批判が集まっているからだ。何とか辞任に追い詰めて後任に王族を推す声が挙がっているくらいだ。つまり……」
「ヤバいホモクセー将軍が万が一死んでも良い……と?」
「寧ろ酷い目に遭った方が良い……と?」
「そうとは言っとらん。ただ、お前らの内申点が墜落間際のスレスレであることを考えると、見事に護衛を果たし点を稼ぐチャンスではないか?」
「私の評価……ヤバヤバ?」
「そんな酷い扱いなの私達?」
「じゃ、これで朝礼終わり。あくまでホモクセー将軍はお忍びで来るからお前等もあまり派手な事はするなよ?」
朝礼が終わり女騎士達が散り散りに去って行く。ヤッベーナとヒッデーナはモヤモヤした気持ちで明日の準備に取り掛かった…………。
「ゴムのアヒルとハンバーガーと……それとハンカチ……それからそれから」
「なにその酷い中身!? 遠足じゃないのよ!!」
「ヤバいわ……荷物がパンパンよ」
「ヤバいのはアンタの頭の中じゃない?」
結局いつもの隊服に支給の剣をぶら下げ、二人は明日を迎えた―――
「これはこれはホモヤロー将軍様」
「えっ?」
「いえいえ、ホモクセー将軍様。ようこそアヘール王国へ!」
一瞬名前を酷く間違えられた気がしたホモクセー将軍が眉をひそめた。ヒッデーナが握手をしようとホモクセー将軍に手を伸ばすが、将軍はそれに応じなかった。
「相変わらず女臭い国だなココは……」
将軍の隣には茶髪の若い青年と、サングラスをした黒服の女が佇んでいた。
「此方は?」
ヤッベーナが二人について問い掛けると青年は握手で応じ、黒服の女は軽く会釈をした。
「外交官のテキトーと申します。こちらの女性は秘書のエージェントMs.スミスミスです」
「初めましてテキトー外交官。私達はアヘール王国女騎士隊第六部隊所属【ヤッベーナ・マジデカー・ヤッチマッター】と【ヒッデーナ・チョット・コレハナイワー】であります。本日は将軍様の護衛を務めさせて頂きます!」
ビッ! と敬礼でポーズを決めるヤッベーナ。将軍は興味なさそうにキョロキョロと街並みを眺めている。
「それでは此方に馬車が用意して御座います」
──ンホホホホホォォォォ……!
手綱を引き、来賓を乗せた馬車が走り出す。馬車の中で来賓と女騎士二人は向かい合って座っており、来賓側には異様に重苦しい空気が漂っていたが、女騎士二人の周りには何故かアホ臭い空気が流れていた。
「彼方のモニュメントの前で花火が上がります。ご覧下さいませ」
馬車が止まり女騎士と来賓が降り、町のイベントと称した歓迎の花火が次々と高く打ち上がった。
──ドーン! ドドーン!
(?)
ヤッベーナは腰に何やら緩い衝撃を感じ擦った……すると手には朱い液体がドロリと付いておりヤッベーナは戦慄した!
「……ヒッ!!」
「ヤッベーナ大丈夫!?」
「伏せろ!!!!」
その声がした瞬間、二発目がヤッベーナの背中を襲った!
「ああああ……!!」
「あの赤服の男だ!!」
ヒッデーナが狙撃方向を見ると、そこには立ち去る赤い軍服の男が居た。ヤッベーナはその場に崩れ落ち、ヒッデーナは剣を抜いた。
「なんだね!! 何事だね!?」
伏せたまま馬車の陰に隠れた将軍が声を荒げた。
「何者かに狙撃されました!そこを動かないで下さい!!」
ヒッデーナは剣を握る手を強め狙撃手の後を追った!
「ヒ……ッデーナ……ま、待て……」
ヤッベーナが声を掛けるも既にヒッデーナは遠く、伸ばした手だけが虚しく下がる。
「……さて、と」
ホモクセー将軍がふと立ち上がりヤッベーナの傍へと立つ。そして崩れるヤッベーナの腰から剣を静かに抜いた。
「な、何を……」
ホモクセー将軍はニヤリと笑いかけ、憎たらしい口角が垣間見えた。
「お役目ご苦労様。さて、後は濡れ衣の着心地とやらをあの世で自慢するが良い……」
ホモクセー将軍は剣を逆手に持ち切っ先で何故か自らを傷付けていく。軽く血が滲みあたかも誰かと揉み合ったかの様だ。
「な、何を!?」
伏せていた外交官が驚き戸惑う。そしてその刃の矛先は次第に外交官へと向けられた。
「ハッテン王子。貴殿にはこの混乱に乗じて女騎士による仕業と言う事で死んで貰おう」
「!?」
振りかざした剣は日の光を纏いより輝きを増した!
外交官になりすましていたハッテン王子。迫り来る凶刃に為す術無く顔を強張らせ剣を見つめるしか出来ない。
「さらば!!」
──ビュッッッ!!
(嗚呼……女騎士をクビになる…………)
王子の命より自らの進退を気にするヤッベーナは眼を閉じて、最後に誰かの奢りでパフェが食べたかったと思った……。
しかしその刃は―――
──キィィンンンン!!!
「!?」
「ミススミスミス!! 貴様裏切るつもりか!!!!」
ヤッベーナが少しばかりパフェ色の瞼を開くと、そこにはホモクセー将軍の刃を短剣で受ける黒服の秘書が居た。ヤッベーナは次々と起こる非日常に頭の中がスイーツ一色に染まり、余計に訳が分からなくなった!
「裏切る? いえいえ、元々私は貴方とは関係ないんですが?」
「なっ!?」
ミススミスミスはニヤリと微笑みホモクセー将軍の剣を思い切り強く跳ね返す。ホモクセー将軍は思わぬ伏兵にワナワナと肩を怒らせている。
「貴様何処の回し者だ名を名乗れ!!」
「アヘール王国女騎士隊第六部隊隊長……【ウンエーサン・カンソウ・アリガトー】だ!!!!」
「!?」
「た、隊長!?」
まさかの人物に驚くホモクセー将軍とヤッベーナ。
「王子殺人未遂の罪で貴様を逮捕する!!」
──シュッ!!
「ぐぇ……!」
第六部隊隊長の名に恥じぬ身のこなしから繰り出された一撃はホモクセー将軍の鳩尾を深く捉え、ホモクセー将軍は息を漏らし苦悶の顔でその場に崩れ落ちた…………。
「ヤッベーナ!!」
血相を変えたヒッデーナが駆け付けヤッベーナの傍に座り込む。
「ゴメン! 狙撃手逃がしちゃったし応援も呼び忘れたけど将軍なんか倒れてるしもういいよね!? 病院行こう!!」
「相変わらず酷いわね……ダメ……もう……死にそうよ……」
ヤッベーナの瞼が落ち始める。
「……な、何か言い残すことは?」
ヒッデーナが涙を堪えヤッベーナの死を覚悟した……。
「んほぉぉぉぉ…………」
「見事なアヘ顔……アンタは立派な女騎士だったと親御さんに伝えておくね……!!」
「あり……がと…………」
二人は手を繋ぎお互いに涙した。
「あー……お取り込み中申し訳ないが、その血はペイント弾だ。傷一つ無いはずだが?」
サングラスを外した隊長がしたり顔で話し掛けた。
「へ?」
「た、隊長!?」
体を触りまさかの無傷に戸惑うヤッベーナ。隊長の登場に混乱するヒッデーナ。
「お前らは見事に私の手中で役目を熟した。お疲れさま♪」
「……?」
「…………?」
お互いに顔を見合わせ、訳の分からぬと言った顔の二人。
「まだ分からないか? 今回のホモクセー将軍の本来の目的は王子の暗殺。しかし事前にスパイから情報を仕入れていた我々が逆にそれを利用してホモクセー将軍を捉えたって訳だ」
「あ、あの狙撃手は……?」
「無論女騎士だ」
「王子が外交官の振りをしたのは……?」
「過激派のホモクセー将軍が友好式典に出るわけ無いだろう? 本来の主役は王子だ。お忍びって言っただろ?」
「何故我々に嘘を…………」
「言ったらお前ら顔に出すだろが。それにホモクセー将軍の護衛をポンコツにしておかないとホモクセー将軍が行動に出ないしな」
「……ヤバいわね」
「……酷い酷い……」
むくれる二人。つまり死ぬ思いをして終わってみれば全て隊長の手柄である。流石の二人もそこまでアホではなかった。
「分かった分かった。パフェでも奢ろう♪」
「パフェェェェ!?」
「行ぐぅぅぅぅ!! 行ぎましゅぅぅぅぅ!!!!」
訂正。アホだった…………。
読んで頂きましてありがとうございました!!
挿絵を描いて頂きました砂臥 環様に厚く御礼を申し上げます。