私としましては、帰還することをオススメします。
どうもこんばんは。早いところもう七話ですか。LOST BLUEが舞台のお話は、そろそろ折り返しになると思います。
「ふぅー。疲れがどっと来ますね」
目を開けば、そこには私の私物があるだけ、他にはなにもありません。非常にストレスフリーで、仕事から解放される唯一の空間と言えるでしょう。
しかし、まだ仕事は終わっていません。物語上では一時間という体験も、現世ではまだ十五分程度しか経っていない。時間軸が全く違う。それもその筈、一冊の本を読むのに半日も要らないのですから、数ページなど数十分で終わってしまう。
彼女たちの数日は、私達の半日程度の長さしかないのです。
「おっ。帰ったか。意外と早い帰還だな」
部屋から出ると、中庭に咲く花たちに蒼木さんが水を与えながら手を振ってきた。
――……………………ふむ。
今夜は、ここ一帯に雷雨が襲いますね。きっと。
いつもは、花好きの子が鼻歌を奏でながらしているのですが、あの蒼井さんが健気に花に水やりですか。はっきり言いましょう。怪奇です。
「そんな顔で見てくるんじゃねーよ。花を枯らさないだけの良心はあるっての」
「すみません。不思議な光景だったので」
蒼井さんだけ、ほぼ無感情な私の顔の変化を見抜いてくる。私の表情に現れる喜怒哀楽は、八割は“営業”の為です。『変』とよく言われますが、でも、あなた達も何一つ表情を変えずにスマホを見つめながら、『めちゃ笑った』とかいう文章を打っているじゃないですか。あれと同じです。
「今日は、シルビアさんはお休みですか?」
「ああ、まぁアイツは正式に働いてるわけじゃないからな。こういう日もあるだろ」
シルビア・エリ、優しく、健気で、正直で、まさに天使のような方なのですが、今日はお休みのようです。残念ですね。
「そんなことよりも、蒼井さん。一回目の途中報告です」
「おう、あとで見とくから、パソコンに打ち込んどいてくれ」
「おや、珍しいですね。いつもは『口頭でいい』と言うのに」
「今回の物語はな。ちょっと俺も気になってんだ」
「ふむ? 何故ですか?」
「詩織が一番最初に解決した物語があっただろ」
「はい」
「あれと、作者が一緒なんだよ」
「……『湯賀レイ』ですか」
この能力を見込まれて、私がここで働き始めた初日。その時解決した物語は、霊が棲む孤島で取り残された一人の少女を影からサポートして助け出す内容でした。
「本そのものに欠如があって破損データが多かったが、あの物語のセキュリティはザルだったから生きてたデータは8割くらい覗き見出来たんだ」
「ええ。当時、蒼井さんが凄く楽しそうにデータ収集していたのを覚えています」
「別に楽しくはなかったけどな。んなことより、そのデータの中に孤島全体の形を描いた図があったんだが…………」
「――……まさか」
「そのまさかだ。今回の舞台。舗装された道路とかで少しだけ形が変わってるところもあるが、あの時の孤島とほぼ同じ地形なんだよ。面白いだろ?」
まさか、あの時と同じ舞台ですか。よく今の綺麗な街並みにまで復興を遂げたものですね。
それにしても、作者が同じというのは初めてですね。作者は相当、性格が悪い人間なのでしょうか。二作品共に、誰かが最後まで解決されない悲しみを抱えているなんて。
「まぁ、まほにも報告にいってやれよ。あれからずっと、あの部屋で珈琲飲みまくってるぞ。十五分の間に五杯は飲んでるな」
「おや、ずっと居座っているのですか?」
確か、お帰り下さいと伝えたはずなのですが。物語から抜け出して具現化まで至るには、相当の精神力を使います。例え十五分でもかなり疲れるはずなのですが、よくずっと居たものです。
まぁ、私としましては、呼び戻す手間が省けたので、たいへん好都合なので構いませんけど。
「では、私はまほさんのいる部屋に行ってきます。蒼木さん失礼します」
軽い会釈をしてから、私はその場を離れる。十五分も、ここに居るまほさんの身体が心配です。稀に物語の中に戻り方がわからず、留まり続けてしまう方もいます。苦しいのを紛らわすために珈琲を多量接種している可能性もあります。
私の大事なお客様である以上は、そういう危険は防がなくてはなりません。
「まほさん。一回目のご報告に来ました」
「はーい。……っていうか、思ったよりも早いですね」
これは、少し……いえ、大変驚きました。
彼女から、苦しそうな素振りは一切見られない。それどころか、地面から浮かせた足を小さくばたつかせ、リズムすら取っている。
「もう、終わったんですかぁ?」
「……いえ、途中経過を伝えに来ました。それから、私が的外れなことを考えていないか、まほさんにも聞いてもらおうと思いまして」
「あーっ、そういう事ですか。いいですよー」
今更ですが、私は潜入する物語の本を読むことは出来ない。見れるのは、巻ごとの登場人物欄と、背表紙のあらすじだけ。それに、私のお客様は所謂『主人公グループ』というものには入らない、むしろ立ち絵すら描かれているか分からない人間ばかり。まほさんのように登場人物欄に乗っているだけで、私のお客様の中ではかなり目立っている方です。ええ、まほさんだって【LOST BLUE】には三回ほどしか出ていない。レギュラーキャラではないのです。でも、たとえ頁には書かれてなくても、物語の中で名前を呼ばれなくても、彼ら彼女らは本の片隅で生きてます。だから、物語には姿すら出てきていない紗江さんが私に道案内をするのです。そして、その中で起きた悲劇を私は救うのです。その事が、頁に乗らないように隠密に。
だから、こうして、途中に、依頼主と辻褄合わせをするのを兼ねて、経過報告をするのです。
「私は、まほさんと共通の知り合いを持つ東郷郁美さんとコンタクトを取り、あなたと物語の中で最下位に成功しました。そこで、イヤリングを渡してきた人物と会わせてくれる約束まで持っていきましたが、聞き忘れていました。名前が分かりません」
「――あ、名前は篠崎歌煉って言います」
「………………………………」
私の苗字と、同じ。なるほど、私が『篠崎詩織』と名乗った後に紗江さんの態度が少し変わったのはそういう事でしたか。之は憶測ですが、もしかすると紗江さんは歌煉さんのことをあまりよく思っていないのかもしれません。
「ところで、郁美さんの事をまほさんは、『いくみん』と呼んでいましたが、郁美さんは貴女とあまり面識がない感じがしました。どういう関係なのですか?」
本題と比べれば些細なことだったのであの場では触れることはしなかったのですが、かなり不思議でした。
「あー、それはね。あの子虐められてるじゃないですか。それで、万里さんがせめてもの救済で『郁美のことを受け入れてくれる人は、愛称で呼んでください』って政府委員の会議室に置いてあったので」
「ふむ、なるほど」
「いくみんにも、『愛称で呼んでくれる人は味方』だと伝えていたそうです」
「それなのですが、なぜ万里さんは直接郁美さんの事を守ろうとはしないのですか?」
郁美さんと会ってから、ずっと気になっていました。『聖人』とまで評価されている万里さんが、何故妹の郁美さんの虐めを止めるよう言わないのか。
「……政府委員は“全生徒に平等”でなくてはならない」
「それが、妹さんを助けられない事情と何か関係が?」
「ありありですよ。このルールの内容の一部には『同血族がいる場合、判断の公正を期す為に血族同士で干渉してはならない。又、それによる同情で他者が救済することも禁止する』とあるんですよ。だから、東郷さんは助けたくても助けられないんですよ」
暗愚な規則ですね。助けるという不平等は認めず、助けられないとう不平等は認める。なんとも愚かな事です。虐め描写が多々見られた理由は、こういった背景があったからですか。
「あと、彼女にはある疑惑がかけられていて、それがまた厄介なもので……」
「ふむ。それは、いったいどんなものですか?」
「身体を使って校長を誘惑して、入学したんじゃないのかって噂です」
「…………………………おやまぁ」
想像もしていなかった疑惑ですね。驚きです。たしかに、スタイルもよく可愛い顔をしていましたが、そんなことをする印象には思えませんでしたので。
「まぁ、ぶっちゃけ、写真もばっちり撮られててホテルから出てくる二人の姿が写ってるんですよ」
「……なるほど、でもそれだけでは証拠になりませんね」
「さすが、わかってますね」
写真というのは、『動かぬ証拠』に見えてそうではありません。ええ、一昔前の時代ならば写真は有益な証拠となったでしょう。しかし、今は技術が進み、高度な加工や合成によるフェイク画像が多く存在します。誰かに隠し撮りされたように見える写真ならば、尚更です。『こんな写真が撮られてたよ』と言い広めれば良いだけの話しですから。
「でも、全員がそこまで深く考えませんから。それを真実だと受け止めている人たちが割と多いんですよ。それに――」
そこで一旦、おもむろにハート型のクッキーを手に取り半分を噛み砕き、ゆっくりとアッサムティーを啜る。ふむ、まほさんだとちっとも優雅に感じられませんね。まだまだ子供です。
「東郷さんを聖人と呼んで敬う人もいれば、幽霊だといって恐れる人もいるんです」
「ふむ。手を差し伸べられたことがない、またはその必要がない人たちには、いない誰かに覗き見されているようで気味が悪いということですか」
まほさんの顔と手が、『それそれー!』と言っているような動きで、何だか腹立たしいですね。ほっぺを抓ってあげたいです。
見返し作業が間に合わず、誤字があったかもしれません。すみません。あと、話の進展を少しでも早くしようと、会話文を大目に設けました(笑)
詩織さんも、独り言ばかりじゃ疲れると思うし、ウィンウィンです。