私としましては、標的です。
正月休みが多忙で、少し尻に火がついてしまった私ですが、更新は毎週しようと思っていますので安心してください。
「そういえばアンタ。まほと何を話してたの? あいつ、あんまり生徒からの評判良くないよー? まぁ、私が言えたもんでもないけどさ」
少しため息が混じったような声で、密島さんは言う。
それにしても、今の密島さんの台詞。この世界では聞くことはないと思っていた単語が混ざっていたので、少し驚きです。
「――『生徒』って、きちんと呼ばれているのですね。生産者かと思っていました」
「あー……。そりゃ、生徒の方が呼びやすいじゃん。みんなそう呼んでるわよ。私らも政府委員じゃなくてレベル5って呼ばれてるし」
「なるほど。それはたしかに。でも、密島さんの評判は少し嘘のような気がします」
「え? いきなり何でそんな事思ったワケ?」
根拠もなく何を唐突にと、呆れた笑みを浮かべた表情が語りかけている。
「だって今、私は密島さんの質問に答えず、『生徒』という呼び方について触れました。ですが、それに不機嫌にならず答えてくれましたし、その態度にも注意をせず何事もないように接してくれています。噂で聞くよりも優しい人だと思います」
出会った瞬間こそ噂通りと思いましたが、それほどまでに自己中心的な人には思えない。もし、噂通りの性格ならば、今の私の態度は不愉快極まりないでしょう。というより、大半の人が『自分の質問を無視された』と思って不快感を覚えるはず。しかし、そういうものが今の密島さんからは感じられなかった。
「――はぁ、あんたね。簡単に『いい人』って思ってたら、騙されるわよ?」
「おや、お気遣いありがとうございます」
私は初心を装うため、照れた笑みを浮かべる。
まぁ、私はそこまで馬鹿ではないのですが。むしろ、人を見る目はあります。判断能力も言ってしまうと失礼ですが、この物語の誰よりもあると思っています。
「あ、ちなみにまほさんと話していた内容は、ある人と会う約束をしてもらうために少しだけお話をしていたのです」
「あー、なるほどね。まさか、あんたも“歌煉様”に会いたいわけ?」
――歌煉様?
どうしましょうか。そういえば依頼されたときにターゲットの名前を聞いていませんでした。これは失敗です。しかし、この『歌煉様』と呼ばれる方がターゲットである可能性は大きい。だってそうでしょう。この世界で崇めたてられているのは政府委員のメンバーに他ならない。その中に歌煉という名前はありません。それなのに歌煉“様”と敬称までされる存在。そんな人ならば、政府委員のまほさんが尊敬したとしてもおかしくありません。
「はいっ。そうです。なんでも図書室にずっと引きこもっているとか。それなのに評価は高い。……ふふっ、聞くだけでも不思議じゃないですか?」
「そんな好奇心まるだしの理由で、よくまほが会う事OKしてくれたわね」
「いいえ? まほさんには、理由をお話ししていません。というよりも、理由を言う前に承諾してくれたので、まほさんには会う目的を話していません」
きっと、同僚のあの子が見たら引くほどの明るい満面の笑みを、密島さんに向ける。いいえ。私自身は、世の男性が惚れてしまうほどの可愛さであると思っています。はい、もちろん冗談ですよ。
「まじ? あんた運いいわね。あいつ、裏で『煉獄の番犬』って言われてるくらい、歌煉ちゃんの事になったらすっごい警戒するのに。それが目的も聞かずに会わせるなんて。あんた、いったいどんな会話したのよ」
「んー……特に何もしていませんよ? ちょっとだけ心理ゲームをしただけです」
「……………………あんた、名前は?」
おや、奇妙ですね。何故か密島さんの雰囲気が一気に変わりました。
これは、警戒。それとも、疑惑。……いえ、どちらも違う様な。ですが、それらに近いものを感じます。目の色が、明らかに違う。
「詩織です」
「詩織ね。苗字は?」
「篠崎です。篠崎詩織と言います」
私が淡々と答えた後、密島さんの表情は、ほんの一瞬だけ警戒と恐怖を混ぜたものに変わった。瞳孔が一気に開いたその顔は、猫かのようにも見えた。きっと、密島さん本人は、うまく隠したと思っているでしょう。まさに『あっと言う間』の事でしたので、その表情を悟られるとは誰も思わないでしょう。私だって、きっとそう思います。
「ふーん、あっそ。私は、密島紗江。紗江でいいわ。詩織」
「そうですか。それではお言葉に甘えて」
ふむ。いきなり、新密度が上がったように感じます。
先ほど一瞬だけ見えた表情も含め、紗江さんに違和感がある。彼女から、悪意は感じられない。しかし、篠崎詩織と名乗った後と前で、明らかに彼女の私に対する興味が前のめりになっている気がします。
そもそも、自己紹介をしただけで一瞬でも警戒と恐怖の念を持たれてしまったのでしょうか。
――『篠崎』という名前に何かある?
「………………………………」
いえ、これは依頼の内容と関係ありません。紗江さんとはさくっと別れてしまいましょう。丁度、教室までの道が分かる場所まで来ましたので。
「あの、ここで大丈夫です。ありがとうございました」
「そう? じゃあ、私も政府委員としての仕事あるし。じゃあね」
やはり、まほさんから前情報として聞いた時から思っていた通り、一番話しやすいです。性格にクセがなく、どの物語にも一人はいる。何十もの物語を見てきた私には、おれだけ馴染み深い性格でもある。
「――…………詩織、あんたさ。一つ聞いていい?」
背中から、呼び止められる。そのトーンは、先ほどと変わらない。しかし、明確に私に向けている感情がある事に気付いた。先程感じた警戒と恐怖。あれはそんなものではなかった。今は、それがなんだったのか分かる。そしてそれは、さらに強く、再度私に向けられている。しかし、またもやそれは、すっと消えた。
「――やっぱり、なんでもない。またねー」
「そうですか。それじゃあ、失礼します」
彼女が一瞬だけ見せた感情。それは明らかな、疑心。それも、とても強いものでした。今の私にたいして、疑うまでの何かを感じたのかは分かりませんが、それは錯覚か、彼女の思い過ごしです。私は本来、ここにはいない筈なのですから、彼女の過去の何かに、私が干渉しているはずはありません。
それなのに、妙に胸騒ぎがしますね。
「……ふむ、色々とやり残してありますが、ここは一旦、現世に戻った方が良いですね。依頼主のまほさんに現状報告と、蒼木さんに出す経過書類を書いておかないといけませんからね」
裏ポケットに閉まった眼鏡を取り出し、それを着ける。これは私が事件や相談を解決する上で欠かせないアイテムだ。昨日は様々ありますが、その中の一つ。私を本の世界と現世の行き来を可能にさせてくれる。眼鏡を掛けて五秒ほど目を瞑ると、自動的に切り替わるシステムだ。効果の発動条件のシンプルさも便利なところなのだが、ネックなのが、他人に視認されている状態では発動できないところだ。なぜなら、私が物語に居る間は『私が物語にいる』のが当然だが、私が現世に戻れば『私がいない』ことが当然になる。だから、私が現世に戻っている間は、皆私の事を忘れているわけなのですが、物語から抜け出す直前までは、皆の記憶に残る。つまり『消える瞬間』は、対象に残り続ける。その時点で物語は崩壊。依頼失敗です。
――さて、戻るとしましょう。
―――物語へのハッキングを解除―――
―――進行状況の保存―――
―――自我精神データ復元―――
―――記憶のバックアップ中―――
―――肉体と精神の再統合―――
―――起動中―――
ここまで書いてきましたが、いまだに前書きと後書きに何を書くか迷ってしまいます。
歌煉様。どんな方でしょうね。