私としましては、違和感を感じます。
詩織がついに物語の中へと入る。見慣れない風景が広がる中、依頼主と接触するため探索を開始する。
―――物語へのハッキング開始―――
―――ベースデータ読み込み中―――
―――すべてのプロフィルを解凍―――
―――自我精神文学化―――
―――肉体スリープモード―――
――んでね。その子がさー。
――俺見たんだよ、幽霊の正体!
――ねーねー、今から食堂のカフェでも行かない?
周りが何やら騒がしい。その上、湿っぽい木の匂いがする。目を開けると、私の手は見慣れないセーラー服から覗いていた。どうやら、ハッキングは完了したようですね。
早速、状況の整理をしましょう。目視により得られる情報は想像以上に多いものですからね。
まずは、身の回りからですね。これは、今の私を知る唯一の情報源ですからね。私の襟元についているバッジに目を移す。そこには、二年A組と書いてある。
「おや? 二年生ですか」
十六歳で二年生。今日の日付はカレンダーを見たところ五月三日。私の誕生日はまだ来ていないということですね。バックの中にある生徒手帳を取り出す。
私の誕生日は七月七日。ふむ、まさか飛び級制度があるのかもと疑心しましたが、それはなかったようですね。
しかしながら、驚いたことに私のバックの中は生徒手帳と私が“持参”してきた眼鏡と三冊の本、それから大きめのノートタブレットが一つ入っているだけでそれ以外は何も入っていない。
「………………ふむ」
タブレットの起動ボタンを押し、画面を見つめる。やはり、そうですか。ええ、想像通りでございます。
ホーム画面には、びっしりと教材のフォルダがあった。
「進んだ文化ですねぇ」
ただ、面白いことに分野は国語、数学、理科、美術、音楽。五つの分野しかない。私たちの世界で謂う五教科と呼ばれている英語と社会科が消え去り、その代わりに美術と音楽が組み込まれている。
何故、この五つの教科しかないのか、それは宿題用フォルダとつけられたファイルの中にあったデータ名を見て納得した。
寿征一、東郷万里、蜜島紗江、溝呂木敦、五十嵐まほ。それぞれの教科に、それぞれの政治委員の名前が記載されている。きっと、彼らの得意科目がこの学校では五教科に認定されるのだろう。
「今がどういった時間なのかはわかりませんが、教室に籠っていても始まりません。とりあえず、学校の全貌を把握する為にも外へ出ましょう」
周りの生徒を見た所、今が授業中ではないことは確かです。まぁ、チャイムが鳴ってしまっても多少の遅刻ぐらいは勘弁してくれるでしょう。
それにしても、綺麗なつくりをしている学校ですね。窓の外には広い庭園とその先には海が見える。景色もいい、都会のような喧騒とした騒がしさもない。まさに好立地である。そして、広い。
「――おや?」
私は思わず、足を止めた。たまたま覗いてみた窓から見えた中庭のベンチに座っている女性が一人。当然、誰なのかなんて分からない。いえ、そもそも“そういうものが気になった”わけではない。
「なぜ、彼女は裸足なのでしょう」
それに、制服のシャツがうっすらと肌色に透けている。ええ、つまり生シャツと言うやつですかね。変態なのでしょうか。それとも、このストーリーにしばしば描写されていた『いじめの現場』と言うやつでしょうか。
「少しだけ、コンタクトをとってみるのもいいかもしれませんね」
政府委員であるまほさんがどのような場所に居るのか分からない以上、他からあたっていく他ない。
「――あの、すみませんっ!」
彼女が中庭から移動してしまってはいけないという思いから急いで階段を降りたのですが、
さすがにこれ、疲れますね。“今回の私は”一般人ですから。
「ひぃ……! な、に……?」
咄嗟に胸元を隠す仕草、そしてひどく怯えた表情。やはり彼女、虐められているようですね。
――さて、潜入モードに切り替えましょう。
「いえ、私、引っ越してきたばかりで、友達がいなくて。あなたも一人で居たから話しかけてみようかなって思いまして」
未だ、彼女は警戒している。私はあえて向かい側の長椅子に座る。敵意を抱いている相手に馴れ馴れしく近寄るのは、返ってパニックにさせることがありますから。
「……それ嘘でしょ。どうせそうやってまた優しいふりして近づいて、私を痛めつけるんでしょ? あんたみたいに、綺麗な見た目してるやつなんて皆あいつの仲間でしょ?」
「……………………………………………………」
おやまぁ、訳の分からないことをベラベラと。
『綺麗な見た目』というのがどういう意味を含めているのかは分かりませんが、もしも自身の境遇を比喩しているのならば、教室や廊下ですれ違った生産者は皆『綺麗な見た目』をしていた。そして私は、綺麗と言われるほど美人でも可愛くもない。
どちらも、お門違いに感じるのですが。
「あなたは何が言いたいのですか? 私にはわかりません。先に申しておきますが、虐めという生産的でないことをしようだなんて思っていませんよ」
「じゃ、じゃあなんで私のところに……」
少しだけ、彼女の緊張の糸が解れた。声のトーン、顔の角度、そして眼差しの輝き。私に向ける全てが、ポジティブに変わっている。
接近するなら今が丁度いいタイミングですね。
「さっきも言ったじゃないですか。友達になりたいんです」
そっと、自分の上着を肩にかけてあげる。これで彼女のシャツの中が素肌であることは隠せるはずです。
「ここでは人の目に留まりやすいです。どこかに移動しましょう」
今回は分割の都合上、三ページ分となっています。今回も読んでくださりありがとうございました。
またの投稿をお待ちください。