私には、悪夢に思います。
皆さま、大変お久しぶりです。仕事のほうが多忙を極めておりまして、なかなか更新できるタイミングがありませんでした。これからしばらく、更新がこのような不定期で長期間空いてしまうことが予想されるので、気長に待っていてください。
『ねぇ、詩織?』
いつもの食卓。目の前にいる“お姉ちゃん”が私に少し困った顔で問いかけてくる。
「なに?」
『進学先、決めてるの?』
「またその話? 決めてるけど、まだ内緒だよ」
『……まさか、私と同じ学校じゃないだろうね』
牛乳パックを片手に、訝しげな表情を私に向けてくるお姉ちゃんに、私はクスっといたずらな笑みを作ってパンを頬張りこう言った。
「さてねー。まだ言いませーん」
陽気な朝。私はそこにいる。それは、まるでどこにでもいるような女子高生のように。しかし、私はそんな私に疑問を覚える。何故、私はこんなにも幸せなのだろう。
なぜ、私は“高校生の私”を知っているのだろう。
そう思った瞬間、私の視界はフェードアウトしていった。
「………………今の夢は、なんでしょうか」
あの懐かしさ、心地よさ。そして何より、あの制服。異様な生々しさがありました。
――ですが、それはきっと私の妄想です。
でないと、私がここにいることがおかしくなりますし、全てが意味不明になってしまいます。
「もう、深夜の午前三時ですか。随分と熟睡しましたね」
もう、店は閉店済み。店には、私しかいません。ほかの皆さんは、各々の自宅へ帰っています。私しかいないという静けさが、私の体と心を包みこむ。こういう時、人は自然と寒気を恐怖と感じ取り、あるはずのない気配と視線を感じるらしいですが、私は全く無関心です。これは自慢ではなく、純粋に“そういう存在”がいたとしても私はそれを受け入れる所存でございます。
だってそうでしょう。そこにいるだけで、私に何も危害を加えないのならばそこに居ても居なくとも関係ないでしょう。とある地域の鹿と同じです。襲って来ないならば、そこに歩いていても気にしないのと同じです。幽霊は怖いではなく、幽霊も生き物。と、思えばよいのです。そう思えば怖くありません。
「……いいえ。別にそのようなこと、思わなくとも怖くありません」
誰に対する訂正なのか分かりませんが、一人でそう呟いた。
――プルルルルルルルルルルルルルル……。
まるで、私が起きることが分かっているかのようなタイミングで電話の着信が鳴り響く。
「だれですか、こんな時間に」
私も流石に、再度寝つきに瞼を閉じようとしていたというのに、完全に目が覚めてしまいました。
仕方なく、私はコールボタンをタップする。
「はい、もしもし。どちら様でしょう」
「やぁ、詩織。久しぶりダな」
「……………………」
この声は、まさか。
「ムードメイカー……?」
「ヒヒッ。こっちの世界でハ、“初めまして”か?」
言葉の端々に感じる嘲笑にも似た笑みが、私の心を不愉快にさせてしまう。
「何故私の電話番号を知っているのかは分かりませんが、まぁいいでしょう。……何の用ですか?」
電話越しの音が、無音になる。完全なる沈黙。しかし、伝わってくる不敵な笑みの表情。沈黙でさえ、私に何かを語りかけているかのようです。
「――今回の犯人、東郷万里。お前ハあいつをどウ思う?」
「……………………はっきり申し上げると、釈然としません」
明らかに彼女を脅し、手ごまに使ったとされる人物がいます。謎の存在A。しかし、それは分からず終わってしまいました。東郷万里は、たしかに異質な存在ではあります。しかし、悪いようには見えませんでした。
「ホウ。やつの言い分を信じルのか?」
「私は、人が嘘を吐いているかいないかを見抜くのは得意なので」
「なるほど。ヒヒッ、じゃア、安心だな」
イッヒヒヒヒヒヒヒヒッ。
彼の爆笑が、暗闇の私の部屋に響き渡る。スピーカーにしていて助かりました。もし受話器を耳にあてていたとしたら、この笑いが耳元にダイレクトで伝わっていたとこでしょう。
「もっとも、次の物語の潜入には苦労するかもしれないナァ」
「え、それってどういう……!」
――ツーツーツーツー…………。
時すでに遅し、電話は一方的に切られてしまいました。履歴には、非通知電話の表示が。なるほど、私のほうから探りは入れられないようになっているようです。
「彼は、次に私のもとに来るお客様の事情を知っている?」
いえ、まさかそんなこと。なぜなら、私のもとに来るお客様は『湯賀レイ』以外の著者が書いた物語の人物の方々もいらっしゃいます。彼がどこまでの情報筋を持っているか分かりませんが、此の世にある本の全てを網羅しているとは思えません。そのうえ、その中で私のお客様を当てることなど不可能でしょう。
「十分に休めました。私も、蒼井さんたちの手伝いでもしましょう」
私は部屋着からウエイトレスへと着替えると、自室を後にした。
――場所:???/時刻:㏂4時。
「あのぉ、もうちょっと早く歩けない? 紙袋さん」
「うるさい。お前と違って僕はタフじゃない。ウサギ女」
「はい? 普通、殿方のほうが体力あるんじゃないですか?」
「それは、一般男性と一般女性の平均だ。個々で比べれば男女でも優劣は変わるし、ましてや”普通ではない”僕らでは――」
「はいはい、わかりました。紙袋さんは理屈臭くて堪りません」
「おまえな……」
ここで二人の会話は終わる。それと同時に二人は焚火の火を消して、身支度をする。
荒れ果てた廃墟に、降り続く雨。生い茂った草と崩れた建造物が、方向をあやふやにさせる。
「予定よりも、だいぶ遅れているんです。私が予想するに、『彼女』にはもう位置がばれていると思います」
「やはりか。それは僕も感づいていたところだ。……わかった。僕の体質上、どこまで持つか分からないが、出来るだけ進もう」
「見かけによらず、食いしん坊ですもんね。うふふふふ」
「黙れ。行くぞ」
「さぁ、猫さんも行きますよ。肩に乗って」
――………………。
やれやれ。いい加減、私を甘やかした態度で接するのを辞めてほしいものだ。私は猫。お前たちよりもだいぶ先輩だ。
たとえ、一つ上なだけだとしてもな。しかし、こちらがいくら鳴いてもこいつらには私の言語など理解できない。返ってくるのは、『可愛いね』『お腹空いたのか?』が大体だ。
まぁ、仕方ないことか。それに幸いなことは、こいつらが私のことをなんだかんだ大切にしてくれていることだろう。おかげで私は、この廃墟でも生きながらえる事ができている。
――…………だが。
このままでは、やがて見つかる。『あいつ』に。
――場所:詩織自室/時刻:㏂9時。
「――今日は、通常営業のほうは出なくていいぞ」
出勤時間五分前。蒼井さんが私の部屋に押しかけて、突如として言ってきた。
いまさら言われましても、既に仕事着に着替えているのですが。
「……ということは、私専属のお客様が来なければ私は一日オフということですか」
「そういうことだ。理由は、お前の労働時間だ。通常営業のほうもあんだけ頑張られると、お前だけの仕事を残業時間に含めなきゃなんねーんだが、そんなことしちまうと詩織の残業代だけ大幅カットしなくちゃいけないんでな。働いてくれるのはありがたいが、休んでてくれ。ま、些細なご褒美ってやつだ」
なるほど、この店にも『そういうところ』あったんですね。てっきり違法な労働が平気で横行しているものだと思いました。
「でも、わたし、一人で何かしろと言われましても何をすればいいか……」
「いや、子供みたいな理由で困惑するな」
「しょうがないでしょう。ここにきてから、私はこの店の外を歩いたことがありませんし」
「そうは言っても、お前も年ごろの女子なんだから行きたい場所とかあるだろ」
年ごろ女の子。ふむ、たしかに『ロスト・ブルー』にいた時は紗江さんのキラキラとした生活にどこか羨ましいと思うこともありましたが、私の実年齢は二十歳を超えています。女子高生のトレンドに乗っかるには遅い気がしますね。
「あー。もう仕方ねえな。だったら、勝手に庭で蝶々と追いかけっこしてるシルビアもつれてけ。そもそも従業員じゃねぇし、昨日、詩織と話したいって言ってたからな。二人で遊んで来い」
第二章がここから始まります。
章の名前はきめているので、また章分けしておきます。




