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詩織さんの微笑みは天使のように冷たい。  作者: 綾峰 はる人
LOST BLUE
24/32

私としましては…………。はい、これが正解です。②

傷を負うことは正義ではないが、正義を貫くには傷つかなければならない。

「……私があの子を悪者にするはずないでしょうッ……!」

「っ!?」

 これは、驚きました。ええ、本当に。これほどまで、強く否定されるとは思っていなかったので。

 彼女の私を見つめる目はさっきとは違い、侮辱への悔しさ、愛する者への保守。そして、はっきりとした殺意。

「す、すみません」

 自然と口から、謝罪の言葉が出ていた。これが、心から謝る。ということでしょうか。たいがいは頭で思考したうえで謝ったほうが効率がいい。謝ったほうが賢明だと、謝る理由を探してしまいます。それは言ってしまえば『脳で謝る』です。心というのは思考ではなく感情です。

 今私は、考える間もなく『謝らなくては』と判断したのです。ええ、初体験と言えるでしょう。

「もう少し聡明な方だと思っていましたが、私の見当違いだったようです」

 後ろ髪を手で軽く掻き上げ、ローファーの(かかと)をカツカツと鳴らし、私の目の前で立ち止まった。

「たしかに、私がまほさんからイヤリングを引き抜きましたが、ほかは全て外れです」

「…………」

 もう少しで、そんなはずはないと叫び散らすところでした。かなり瀬戸際でしたが、冷静を保つことができました。

「イヤリングを引き抜いたと言っていますが、それはまだ分からないのでは?」

「ふふ、とことん、私のことを甘く見ているようですね」

 そういうと彼女は、内ポケットから何かを取り出した。それは青色の輝きを放つサファイアが埋め込まれたイヤリング、まぎれもないまほさんが死んでもなお探していたイヤリングだ。

「なぜ、それを……」

「さぁ、それにお答えする義務はありませんね。ちなみに言えば、まほさんも既に断罪されています。これはルティアから回収させてもらいましたから」

「…………………………ふむ」

 彼女を救うことは、悔しいですができませんでしたか。でもまぁ、仕方のないことです。むしろ今東郷万里の手にイヤリングがあるならそれをどうにか奪い取ってまほさんの耳につけてあげるだけです。

「ほら、貴女だってそうじゃないですか。まほにゃを助けたかったわけではないのでしょう? あくまで目的はイヤリングのみ。違いますか?」

「…………………………」

「沈黙ですか。それもいいでしょう。ですが、私だってまほにゃがE組に行くことになろうが、歌錬さんから貰ったイヤリングを付けようがどうでも良いのです」

 今、何と言ったのでしょう。


 ――イヤリングを付けようがどうでもいい?


「では、なぜイヤリングを盗難したのですか」

「…………秩序を守る為です」

 ああ、なるほど。そういうことですか。ええ、そういうことならば辻褄が合います。しかしそれは、本当にほかの私の推理が外れならばですが。

「歌錬さんは、この学園の誰よりも特別な存在です。そんな人から賜れたイヤリングを、E組の人間がつけていたら、どうでしょう。まほさんだけ、E組にいながらA組以上の待遇を受けることでしょう。そうなれば、いままで『自分は無能力者だから』と割り切っていたE組生徒達から、妬まれる対象にもなりかねません」

 向けられた敵意はそのままですが、目はしっかりと私に『真実』を訴えている。

「まさか、それが理由でイヤリングを回収したと?」

「ええ。ルティアさんは、まほさんの元に返す可能性がありましたので」

「…………………………」

 彼女は、絶対に嘘をついていない。私は溝呂木さんみたく嘘が分かる能力はありませんが、人の微かな仕草や声色の違いでそれを認知することは得意です。そして、それの法則上、彼女は嘘をついていません。


 ――……ですが。


「申し訳ありませんが、信じられませんね」

 信じるには、材料があまりにも少ない。それに、彼女がイヤリングを返すつもりはないと主張している以上、イヤリングをまほさんのもとに届けなければならない私は納得し引き返すわけにはいきません。

 私が、絶対に引き下がるつもりがないということが分かったのか、呆れたような溜息を小さく吐いて彼女は言った。

「では、等価交換といたしましょう」

「…………どんなものでしょうか」

「私は、この件の真相を教える。あなたは、自分が何者なのか語る。これでどうでしょう」

 これは、願ったりな提案です。私にとって不利益は一切ない。なぜなら私が何者かなどいくらでも捏造できます。適当な生い立ちを話せばよいだけの話です。

「――ああ、嘘を吐こうとしても無駄ですよ。貴女が、この世の人ではないこと、私気づいていますので」

「…………何を言っているのか分かりませんが、私がそうであるという証拠はあるのですか?」

 気づかれているなど、ありえません。もし東郷万里が私が『外』から来たと気づいていたとしたら、彼女が許容しても物語そのものが許容しません。つまり崩壊を起こします。つまりこれは明らかなブラフです。

「あら、やはり自分自身の能力ではないと、印象に残らないのでしょうか。私以外の人間全員が、二度も貴女の存在を突如として忘れる現象がありました。それだけじゃありません。名簿にすら、貴女の名前は載っていませんでした。これって、普通のことではありませんよね?」

 見開いた目が、元に戻らない。眼孔が小さくなっていく感覚が、鮮明に伝わる。まさか、それさえも彼女には効かないなんて思いませんでした。

「……さて、改めて聞きますが、どうでしょう先程の提案。貴女が一番知りたい情報と、私が一番知りたい情報。まさに等価と言えるでしょう。あとは、貴女の決断次第です」

 彼女は、たしかに聖人だ。万人に等しく、決断を迫る。『優しい』などという、生半可なものではありません。全てを否定し、全てを見透かす。それでいて全てに選択を与える。これはもはや、神とも、言えるかもしれません。

 しかし、それで大人しく縮こまる私でもありません。

「いいですよ。ただし、東郷万里さん。貴女の方から話してもらえますか?」

「ふふ、よろしいでしょう。私のほうから話します」

 にこやかに微笑むその表情、そこには予想通りと言わんばかりの余裕しかない。もはや、悔しいですが彼女の前では私は成す術が無いようです。

「確かに、私は宇田川兵吾にアブノーマル化の情報を流しました。そしてまほにゃは知っての通りの状態になり、その後断罪者ルティアにそれを噂で知らせ、ネックレスを回収しました」

「それだとやはり、私の推理は当たっているじゃないですか」

「とは言いますが、それは私が主犯という仮定での話でしょう。実際、あなたも理屈では推理として成立しているけれど、私の動機が分かっていないのではないですか?」

「いえ、あります。まほさんは昔、E組差別派だったと聞きます」

「動機としては苦しい理由ですね。それで、E組に妹を持つ私が復讐ですか」

「…………………………」

 ええ。私も動機としては無理があるとは思っていましたが彼女は寿さんと歌錬さん以外の人間には、正体を明かされていないという観点から協力者は望めません。まさかあの二人がまほさんをターゲットに、悪事に手を染めるとも思えません。

「さて、ここからがあなたに与える情報です。が、小悪魔さん。私が今から話すことをよく聞いてから、本当に私からイヤリングを回収するかどうか決めてください。それが、貴女にとって最後の選択です」

「分かりました」

 彼女が何を話しても、私は仕事ですので答えは変わりません。ですが、なんというのかは楽しみですね。

「少しだけ抽象的に話しますが、そこは小悪魔さんの理解力を頼ることになります。ご理解ください。……さて、私はこの学園に入学するまで妹と普通に暮らしていました。妹は心に傷があり、少し不安定なところがありますが薬を飲めば誰とも変わらない普通の女の子です。一日一錠の薬を飲み忘れないために、飲んだ後は髪をくくるようにも言っています。しかし、今は彼女と離れて暮らしています。学校の教師たちからの推薦です。……私は入学してから妹とまともに会話をしたことがありません。私の存在が学園に広まるからです。ところで、何故私が学園の中で誰にも見られてはいけないのかと言いますと、別に卑弥呼や神的存在になるためではなくて私の能力が関係してくるのですが、私の能力が生まれ持った能力なのだとしたら、私は能力を持つ人間がいる前提で生まれてきたということになりますが……ふふ、おかしいですよね」

 彼女は一旦、ここで黙った。話したくなくなったというわけではなく、何かの気配を気にしているように見えた。私も、なぜか妙な胸騒ぎがします。彼女の話は、おそらく私の理解していた範疇を大きく上回っている。

 彼女は、ゆっくりと語りを再開する。

「それはそうと、まほにゃは何故狙われたのでしょう。おそらく彼女は不運だったに違いありません。惚れた相手が、普通の女の子ならばよかったでしょう。しかし相手は教師と生徒を繋げるパイプ役。どちらかと言えば、教師側に雇われている立場。そんな歌錬さんの近くに、単純な直感で人の心を感じ取ってしまうまほさんがくっついていれば、知られると不都合なこともバレてしまうかも。なんて焦るとすると、それは生徒なのでしょうか、それとも……。まぁどちらにしても、それを理由にまほにゃが狙われるかもしれないと予想しない歌錬さんではありません。その対策として、彼女は私を誘いました。教師たちも、歌錬さんならば、隔離していた私とも、会わせてもいいと判断したのでしょう。ともあれ、そうして私を傍に置くことができた歌錬さんは、私の能力を利用して『能力を発動できなくする』道具を作り出そうとしていたのです。しかし、そんなことをまほにゃと恋人関係を持続するためだけに作られては困ると、逆に教師たちの心を逆なでする形となるのです」


 ――彼女が言いたいこととは、もしかすると……。


 私は、私の最大の盲点に気づかされる。私は、目の前にいる人間だけで推理のピースをハメ込んでいました。ですが、それだけでは駄目だった。この学校は、根本から狂っているというのは、まほさんの依頼を受けると決めた時から分かっていたことだったというのに。

「ここで、私はある人物……仮名をSとしましょう。Aに脅されます。『お前の妹の本性を知っている。こちらの味方に付かなければ、こちらの権力を持って彼女への薬の手配を全病院に禁止するよう要請する』と。私は従うしかありません。そこから私は、妹を守るために歌錬さんに協力する演技をしつつ、まほにゃの行動を監視していました。すると、彼女は昔かなりの正確が悪い女の子だったようで、一人の男性をひどい言葉と態度で傷つけていたと。その相手がE組にいるということも知りました。これは使える。妹を守るために必死だった私はそれをAに報告。すると彼女は言いました。そいつにアブノーマル化の情報を渡してやれと。さすがの私も躊躇いました。しかしその晩、電話がかかってきます。妹か、まほかどちらかを選べと。結果、妹を選びました。そこからは、私も分かっています。ルティアさんに断罪を決行してもらえば、無能力者へと堕ち、全て完璧。E組の人間が歌錬さんと一緒にいれるわけもなく、無能力者には能力が発動しない道具なんて必要がありませんからね。しかし、Aはその道具そのものには興味があったようで、完成するまでは、監視を続けると言いました。そして、完成すればその時点で断罪を決行し、道具を奪うと言ったのです。結果、完成しました。それは三日前の話です」

「……三日?」

 一切口出しをしないでおこうと思っていましたが、言葉が唇をこじ開け声となっ飛んでいた。

「完成したらすぐに断罪すると言っていたのではないですか?」

「ふふ、Aは滅多に学校には来ません。私だってそのまま虐げられるままではなかったんです。完成したことを伝えず、歌錬さんにも入院する日にプレゼントしたほうがいいとアドバイスし、入院日まで遅らせました。何故その日なのかと言うと、その日が最終期日だったのです。道具ができていようとなかろうと、まほさんを断罪する。私はこの道具を一筋の光明だと思っていますから。教師には、何もなかったと報告し、歌錬さんが帰ってきたと同時に、まほにゃの犠牲を無駄にしない為にも、大切に保管したいのです。……以上が、私が伝えられる全てです」

 やはりそうだ。彼女は直接断言するように名前は言っていないが、今回の主犯は、教師側の誰かという事。そしてそのやり方を、教師全員が容認しているということ。やはりこの物語。腐っています。

「……」

「さて、今度はあなたの番ですよ。小悪魔さん」

 彼女の微笑は、暖かいようで冷たい。今の私にはわかります。彼女は無理をして笑っているということに。話を聞いたからそう見える、なんて同情深い性格ではありません。顔をよく見ればわかります。

「私は、貴女とは違って単純なものです。今よりももっと先の未来のまほさんから、大切な人からもらったイヤリングをなくしたから、探して私のところへ届けてほしいという依頼を貰っています。そして私は、それを生業としています。だから、まほさんと親交を深め、まほさんの大切な人である歌錬さんに近づき、紗江さんなどのコミュニケーションが取りやすく、使えそうな人物を選定していきました。東郷万里さん。あなたの言う通り、私はこの世界の人間ではないです」

 私は、馬鹿正直に話した。もう隠す必要性がないからです。東郷万里は、全てを知っていた上で、物語崩壊を防ぐほどの器の大きさを持っています。そんな人に嘘を吐く理由なんてありません。

「やっぱり、そうだったんですか。……では、最後にもう一度。これでも私からイヤリングを奪いますか?」



君たちが詩織なら、イヤリングを万里から取るだろうか。それとも諦めてまほとの約束を諦めるだろうか。

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