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詩織さんの微笑みは天使のように冷たい。  作者: 綾峰 はる人
LOST BLUE
23/32

私としましては…………。はい、これが正解です。①

彼女は今日も微笑む。どんなことがあっても、胸ポケットにしまっている一枚の写真。

その頃と同じ、笑い合える日が来ると信じて。


「…………………………朝ですか」

 口調も、笑い方も、考え方も、私とは正反対です。ですが、あれは紛れもない私でした。まぁ、『夢の中では』ですけどね。今思えば馬鹿馬鹿しいです。

「さて、支度をしましょう」

 鏡の前に立ち、制服に袖を通す。学校には行きませんが、彼女に会うならこの服装がいいでしょう。

 寝ているウサギを起こさないようにゆっくりと玄関の扉を閉め、私はこの世界最後の空気を肺にいれる。

「ふむ……。今日も気持ちのいい朝ですね」


『――詩織さんは、雨の日だってそう言ってるじゃないですかー』


 驚きとともに、私は後ろを振り返る。勿論、そこには静かに佇む白い玄関しかありません。声が聞こえたまほさんの姿はどこにもない。

「……今のは、何でしょう」

 この物語に侵入してから、このような会話は記憶にありません。だというのにフラッシュバックしたその光景は、ひどく懐かしい会話に感じます。

「――いよいよ最終日だナ」

「…………ムードメイカー。お久しぶりです」

 こちらはどうやら、空耳ではなく本物のようです。相変わらず、顔は髪で覆い隠されていて、喪服のような黒いスーツという不気味な出で立ちです。

「ヒヒッ。言葉は清らかなのに、貌が不満と不快に満ち溢れテいるが、俺がそんなに嫌いカ?」

「好きとか、嫌いとかではありません。あのときの情報も大いに助かりました。それについてはむしろ感謝しています。……ただ、正体がわからない以上信用できないだけです」

「おっと、ソレは釣れなイなぁ」

「とにかく、私はこれから彼女の元へと行かなくてはならないのです。あなたに構っている暇はありません」

 話をしつつ階段を降り、目的の場所へと淡々と歩みを進める。彼とは、これ以上話をする意味がありません。彼は私に情報を提供することが目的で、今の私はその上方を必要としていません。つまり、時間の無駄です。

「まぁイイ。これは、情報にもならないことだから、世間話程度で聞いてくれても構わないが、詩織。今回の敵はお前より一枚上手ダな」

「………………………………………………」

 また、この人は私の心が乱れるようなことを。もしや、彼は情報を渡しつつも、混乱する私を見て嘲笑っているのではないでしょうか。これは被害妄想ではなく、彼の言葉の端々に、人の不幸を嬉々としている心が見え隠れしているというのが伝わってるというのが、もうすでに彼の正確の悪さが滲み出ています。

「いったいあなたは何がしたくて……――」

 またもや、突如として彼はいません。その場を立ち去るならば何か一言くれても良いと、私は思います。ええ、はっきりとした不満です。

 ともかく、もうこの物語の解決の糸口は見つけています。ほかの話など、考えるだけ無駄といえるでしょう。私は早急に彼女の待つ場所へと向かった。


「――着きましたね」

 白いバラで綺麗に彩られた庭、その先にあるのは小さな教会。彼女はいつも、ここにいる。人に会う用事がない限り、彼女はこの箱の中にずっといる。

「……失礼します」

 入る前にそう呟いて、私は扉をゆっくりと開いた。しんとした寒さすら感じる静けさが、喉から肺にすぅっと入っていく。目標の彼女は目の前で目を閉じて立っている。その姿は、教会にいながら『神などいない』と言っているかのように無機質です。

「待っていました。篠崎詩織さん」

 まっすぐと私を見つめるその瞳は、初めて会ったあの時と変わらない。


 ――私の能力を見透かしたあの時と。


「お久しぶりです。東郷万里さん」

 私はニコッと軽い笑みを彼女に向ける。ええ、彼女こそがネックレス盗難した張本人です。ついでに言うなら、全ての元凶だと私は推測しています。

「私に、言いたいことがあるのでしょう? 小悪魔さんは」

「ええ。単刀直入にお聞きします。宇田川兵吾にアブノーマルの情報を横流しして、五十嵐まほさんをアブノーマル化させ、その後、まほさんがアブノーマルしたことをルティアさんに告げ、歌錬さんがまほさんに渡したネックレスを盗難するという計画、全てはあなたの仕業ですね?」

「………………………………ふふ、なぜそう思うのですか?」

 私が、そうしたという根拠は何でしょう?

 冷たい真顔。そこには心の乱れもないですが、落ち着きもありません。無関心。それに尽きます。

「根拠。それは私も図りかねます。なのでこうしてお話に来させて頂いています」

「そう。じゃあ、私を犯人だと推理した経緯を聞きましょう」

 彼女は戦闘的脅威はない。しかし、私への明確な敵意と威圧を放っている。口元にだけ微笑を作った彼女には、『聖人』というイメージは一切ありません。

「一つ、アブノーマル化というのはかなりの機密事項だということ」

 そう、この現象は能力者であっても知っているのはごく限られたエリートだけ。そしてそれなりの地位や身分。それなりの教員からの信頼性もある人間のみ。

「二つ、それを“誰にも違和感なく”E組の兵吾に横流しできるのはE組に妹を持ち、尚且つ正体不明の貴女しかいません」

「なるほど。それでは、それをして何になると?」

「その部分は、憶測になるので最後に言います」

「よろしい」

 東郷万里と私の、言葉の攻防は続く。隙あらば、私の言葉の首根っこを掴む気でいる様です。

「三つ、まほさんはアブノーマル化による疲弊だとバレないように細心の注意を払って日々を過ごしていました。もちろん悟られないよう親友であり断罪者であるルティアさんとは面会していないほどにです。それだというのに、何故かルティアさんはまほさんを断罪するべく現れています」

「…………………………なるほど」

 私が時を止めて、人の過去未来を知ることができると思っている彼女は、私が今起きていないことを平気で言っても顔色一つも変えない。やはり、『わかっている人間』と話すのは楽でいいですね。

「余談ですが、あなたの妹、郁美さん。精神の病気を患っていませんか?」

「……………………………………………………それがどうしたのです?」

「貴女なら、兵吾と同じE組で、日頃虐めに合っている妹がA組に仕返ししたさに資料を抜き取ったと主張できるのでは?」

彼女もまた、微笑む。しかし彼女は歪に、それでいて美しい。

そんな微笑みを、今日も鏡の前にいる自らに向ける。記憶がない己を嘲るかのように。

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