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詩織さんの微笑みは天使のように冷たい。  作者: 綾峰 はる人
LOST BLUE
22/32

私としましては、赤子も同然です。

ついに最終日を迎えた詩織、しかしいつもと違って心にモヤモヤとしたものが残る。

ムードメイカーが言っていた言葉がどうにも引っかかる。しかし、その真偽がわからない詩織は……。

「なにも、仲が良くて面識がないといけないわけではありません。アブノーマル状態にする方法を閃くヒントだけ、間接的に教えればいいだけの話です」

 ここまで言うと、さすがにまほさんは理解をし、なるほどと何度か頷いた。彼女なりに宇田川兵吾を見ていて、何か思い当たる節があったのでしょう。

「でも、それなら“誰か”が、私のことをアブノーマル状態にしたかったっていうことになりますよねー」

「ええ。そうなりますね」

「いったい誰なんですかねー。……詩織さんは誰だと思います?」

 彼女の無邪気な瞳が、私を映す。私ならしっているんじゃないか、という期待さえ混じっている。紗江さんにも教えなかった黒幕の名前、これはいくら依頼主のまほさんであっても教えてしまうとまずいことになる。

「まだ分かりませんが、大体の目星はついています。確定したらまた言いますので、その時は一緒に文句を言いに行きましょう」

「なんだぁ。詩織さんもまだ分かってないんですねー」

「すみません。こればかりは私も警察じゃないので……」

「あはは、確かにそうですね。でも、詩織さんが答えられないのって珍しかったんでつい」

 本当に、彼女は不思議な性格をしている。他人の痛みに鈍感な人間はたくさんいますが、こんなにも“痛みそのもの”に無関心になれるものでしょうか。

 いいえ、現実なら絶対にあり得ないことでしょう。

「――……あの」

「ん? なんですかー?」

 私は、依頼主に会う最後の日に、必ず聞くことがある。それをまほさんは、どう答えるのか。感情が豊かなようで乏しい彼女は、いったい何を思うのでしょう。

「もし生まれ変われるとしたら、どんな世界に行きたいですか?」

 ここは、私たちから見てみれば所詮は物語の中。しかし、彼女たちにはまぎれもない現実であり、唯一の世界です。とはいえ、『こんな世界』を好きでいるか嫌いでいるかは別の話。まほさんは、この世界をどう思っているのでしょう。

「そんなの勿論、大好きな人たちと笑い合える世界がいいです。そっちのほうが、今よりも楽しいに決まってますし」

「……なるほど、ありがとうございます」

 彼女はもしかすると、この歪みきった世界に生まれてしまったからこそ、性格に欠如を引き起こしてしまったのかもしれません。そしてその欠落した穴が、彼女の性格全てを巻き込んでいる。

「もちろん、その中には詩織さんも入ってますからね」

 これは驚きました。ええ、声を発することを許可しないほど驚きました。いままで、ここまで私を大切な人だと言ってくれたことはあったでしょうか。

 紗江さんも、まほさんも。なぜこんなにも私に優しくできるのか分かりません。

「ふふっ、それは本当にありがとうございます。では、また話したくなったらここへ来ます。しばらく、まほさんは登校できないでしょうから」

「そんときは、マジでこっそり来てくださいねー。見られたらほんとダルイことになりますよ」

「分かっています。では、また」

 私は、ゆっくりと庭の窓を閉める。それから人目につかないように、急いでまほさんの自宅を後にした。 



「――いよいよ、明日です」

 壁にあるカレンダーを見つめ、私は今までのことを整理する。


 ・宇田川兵吾の犯行の動機とネックレス盗難は、直接的関係はない。

 ・無能力者の宇田川兵吾だけでは、アブノーマルの研究は不可能。

 ・誰か『能力のこと』をよく知る人物が情報を流し、利用していた可能性がある。

 ・真犯人と宇田川兵吾は面識がない。

 ・政府委員や歌錬さんも含めた生徒全員に、怪しいと思われず行動。←隠密性あり。

 ・まほさんは、その日は自分と歌錬さんしかいなかったと言っている。

 ・しかし、ルティアさんに断罪されていた。

 ・ルティアさんは今日までまほさんがアブノーマルになったということを知らなかった。

 ・つまり、当日に犯人がルティアさんにまほさんの情報を流した。

 ・そのうえ、ルティアさんが断罪者であることも、まほさんの容態も知っていた。

 

 他にも理由はありますが、もうあの人しかいないでしょう。その人しか、考えられません。どんな理由でこんなことをしたのかは分かりませんが、まほさんは断罪させる訳にはいきません。ルティアさんにリークさせることも防いで見せます。明日は朝の四時頃に出ましょう。恐らく、『彼女』ならそのくらいの時間に“あの場所”にいると思います。


 ――それにしても……。


「いったい、何故あなたが」

 不可思議でなりません。今までの依頼は、犯人にははっきりとした動機がありました。でも、今回はそうではありません。むしろ、辻褄と真相だけが彼女を照らし、彼女自身は何も語ろうとしていない。ただ真実に従っているかのような、そんな感じです。

「いえ、私が悩むことではありません。私はただ、まほさんの依頼をこなせばいいだけの話です」

 少し、気を引き締めなくてはなりません。ムードメイカーと出会ってから、彼の言葉が心に引っかかってしまって仕方ありません。この物語の人たちに、無関心でいることが私の中で難しくなっている。

「信じるべきか、信じないべきか。それすらも迷っています」

 蒼井さんなら、何か教えてくれるでしょうか。得体の知れない私を何も言わずに雇ってくれた蒼井さんならば、何か知っているかもしれません。

 自分のことも、誰かに頼らなくては分からない。ひどく悔しいです。記憶がない以上、私はどれだけ成長したって赤子と同じです。

「…………もう寝ましょう。これ以上は生産的ではありません」

 ウサギをゲージに入れ、ゆっくりと部屋の明かりを消し、私は瞼を閉じた。


 ――私はこの日、夢を見た。

 その夢には私と、一人の小さな女の子。彼女は私に言います。『なんでこんなにも花は色んな色で咲いて、どんな色も綺麗なの?』と。すると私は“心の底から”笑顔を作って言います。『花は世界なんだよ。世界にはいろんなものがあって、いろんな美しさがあるでしょ? それは、景色だけじゃなくて、ものだったり、心だったり、それをみんなに伝えるためにあるんだよ。きっと』なんて言って、女の子の頭を撫でていた。


そして彼女は、輪廻と悠久の揺り篭の中で眠りにつく。

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