私としましては、普通のお仕事です。
また四ページ分を掲載しています。
「――蒼井さん。今回の依頼は少し時間がかかるかもしれません」
まほさんとの会話を終えた私は、休憩室でクッキーをつまむ彼にそう告げる。
「ん。そうか」
彼は、前から多くを語らない。淡々と話し無表情、まるで初日の私だ。だというのに彼には、クレームの一つも来ない。
まぁ、私の場合、無愛想という雰囲気が前面に出ていたのでしょう。彼のものは、冷静。男前でクール。そんな感じの雰囲気がします。
「本の内容は、どんなもんなんだ?」
私の好きなキャラメルを差し出しながら、横目で私と視線を合わせる蒼井さんの目の前の椅子に腰を掛け、同じ机に腕を乗せる。蒼井さんから渡されたキャラメルの包装紙を引き、中身を口に放り込む。キャラメル特有の甘みと香りが口に広がる。私はそれを堪能しつつ言葉を吐いた。
「男女六人の学園青春系なのですが、ただの学園ではなく。その学園には教師や生徒という概念がなく、管轄者、統率者、生産者、という三つの分類で区別されています」
「へぇ。そりゃまた不思議な構成だ」
声のトーンだけを聞いてしまえば興味がなさそうですが、私の顔を見つめる彼の眼は真剣そのもの。例えるなら、狩りの獲物を探している最中の猛獣の鋭い瞳。そんな隙のない感じの眼だ。
「私たちでいう、教師の立場に位置する者は管轄者。ですがこの人たち、よっぽどのことがない限り学校には来ないようです。それから生徒の位置には生産者が来ます。彼らは統率者の決定事項に倣って学び、生活をするようです」
「ん? 教師が管轄者で生徒が生産者なら、統率者の立場になるのは誰なんだ?」
蒼井さんの眉間に少しだけ皺が出来る。ただ、クッキーは未だ口へと運ばれ、食べることは止まない。私、人の性格を読むのが得意なのですが、蒼井さん。この方、一見クールで聡明そうに見えますが、中身は少しチャラいですよ。ええ、これは確信を持って言いましょう。
「――それが、政治委員というたった五人で構成されている委員会が存在していて、その方々が学校の一年の方針を決め、生産者を指導し管轄者に一人一人の状況を報告するようです。パイプ役みたいなものでしょうか。ちなみに、メンバーは全員、生産者と同じ年齢の男女で構成されています。しかし、生産者とははっきりと上下関係があるようで、どうやら入学する前の段階で数人がスカウトされているようです」
まほさんからの依頼は、思い出のイヤリングの捜索でした。
なんでもない学校が舞台で、何気ない日常の中に女子高生の青春をはめ込んだ量産型の物語かと思っていたのですが。
「……なんか変な学校だな」
そう、蒼井さんも言うように、この物語。世界観の設定からして異様なのです。しかし、ホラー系やバトル系の演出は一つとして見当たらなかった。青春と離れた場面と言うものを、強いて上げるとするなら、時折、痴漢や虐めといった生々しいシーンでしょうか。ただ、これはリアリティな表現でありより彼女らの心理に共感しやすくなる。読者へのアプローチには最適で、物語の趣旨も崩さない。許容されるべき範囲でしょう。
しかし何故、この様なシステムの学校にしたのでしょうか。
「きっと、変わり者な作者さんだったんだろ」
蒼井さんは、既に興味がないのか、そうとだけ言っていつもの表情に戻っていた。実際、私もこの設定が私の依頼に影響しないのであれば、もしかすると気にも留めなかったかもしれません。しかし、この設定、今回の依頼に大きく響くかもしれないのです。
「それが、今回の依頼人である、まほさん。彼女、統率者の一人の様なのです」
「……なるほど、そりゃハズレくじ引いちまったな」
蒼井さんはクッキーのかすが付いた指をパンパンと払うと、ゆっくりと立ち上がり私に背中を向けた。
「んじゃ、ハッキングポイント調整しといてやるから、頑張れよー」
蒼井さんは、私がお仕事をする上でのオペレーターのような役割をしてくれています。
【ハッキングポイント】とは、物語のデータファイルで最もセキュリティの脆い部分のことで、私が現実と物語を行き来するために使う橋みたいなものです。
これを蒼井さんは膨大なデータから見つけ出し、私のポップ場所の設定や、憑代となるキャラクターの選定。その他にも、細かい修正をいれてくれます。
「…さて、蒼井さんから準備完了のメールが来るまでの空き時間、今一度まほさんと対談しておきましょう。何か他にも分かることがあるかもしれません」
「――私以外の、政治委員メンバーの名前と特徴ですか?」
「はい。まほさんの居た世界観は、私から見ると少し奇妙です。もし、話かけることに注意を払わなければならない……所謂、変わり者がいるのであれば私も注意しなければなりませんので」
奇妙な世界観を持つ物語に潜入するのは、これが初めてではありません。私の経験上、こういった物語には、明らかな問題児がいる。たとえば、頭はいいが極端に好戦的な人。言霊のようなことを言う会話が成立しない人。などなど、キャラの強い現実離れした色物キャラがいるのが、もはやセオリーだ。
「んー、まず委員長が【寿 征一】容姿端麗、冷静沈着。でも性格は堅くなくて、年下がため口使っても怒りませんでしたねぇ。あっ、あとは常にみんなの意見を聞いてましたねー。気の利く性格も相まって、女子生徒達から人気でした」
まぁ、私は興味なかったですけど。
まほさんは少しだけ鼻笑いを混じらせつつ、そう言った。彼女には、征一という方の良さが一寸も分からないらしい。
「会計の【密島 紗江】、モデルさんです。見た目は、一言でいうとギャルですね。でも、頭はめちゃくちゃ良いです。頭の良さなら学園一と噂されてたほどで。けど、彼女、自分がやりたいって思ったことしかやらないタイプで、生徒からの支持はあまり良くなかったです」
現役女子高生モデルですか。なるほど、彼女からはいろいろと話しが出来そうですね。紗江さん。覚えておきましょう。
「あとは、書記の【溝呂木 敦】彼は、なんというか、不気味です。常識はあるし、普通に会話もできるんですけど、なんだか、掴みどころがないというか、幽霊みたいな感じというか……」
「はぁ…、なるほど?」
彼だけ、妙に曖昧な表現な上に、出てくるワードが悉くネガティブですね。関わることがあったとしても、必要最低限に抑えておきましょう。
「詩織さんがどういう解決方法を画策しているのか分かりませんけど、校内で統率者と接近するのは難しいと思いますよ。風習が染みついてて、暗黙の了解的な感じで明らかな格差が出来てしまってるんで」
「おや、そうなのですか」
やはり、そういう事ですか。この物語、特に統率者が目立つような場面はほぼありません。“学園を支える天才たち”という、謂わば、物語内での神的存在でしかなく主人公六人組とはあまり関わっていない様でした。唯一、物語に人物として登場したのは征一さんとまほさんだけで、他のメンバーは名前のみ紹介されていた。
「――ところで、副会長さんは不在なのでしょうか?」
まほさんは、何故か副会長の紹介だけ省き、話を終わらせている。
私は物語のあらすじは先程に認知しているので、副会長の席に【東郷 万里】という女性が在籍していることは既に知っています。
故に、まほさんがあえて紹介しないというのは、彼女の意図があってのことでしょう。
「――……副会長は、東郷万里さん。です」
「………………………」
ふむ、妙に歯切れが悪いことですね。
「この方は、どのような方なのでしょうか?」
「――……東郷さんは、見たことありません」
「はい?」
これは驚きです。ええ、本当に驚いています。まほさんは、東郷副会長の姿を見たことがないと言うのです。
「それはつまり、不登校と言う事でしょうか?」
「………」
私の問いに、彼女は黙って首を横に振る。
学校には居るのに、政府委員の人間が一度も出会ってない。これはどういう事でしょう。それに、東郷という方の話題になってからまほさんの様子が明らかにおかしい。突如、無言になり表情も陰っている。
「東郷さんは、確かに学校には来ているんです。会長の机に、いつも東郷さんからの置手紙が置いてあって、内容もタイムリーな事が多く、生産者の方達からも感謝の手紙が届いたりしてたので……。でも、政府委員の会議室には一度も現れたことがなくて。どんな人か、私にはわかりません。すみません」
まほさんは、わかりやすく肩を落とす。まさに漫画ならば、背景が黒く淀んでいるのが想像できるくらいのテンションだ。
「いえいえ、これだけでも充分なくらい沢山の情報を聞けましたから、謝らないでください」
ふむ。これはなんとも……。東郷万里、彼女は相当な注意が必要なようですね。
しかし警戒するにも、どんな外見をしているのか分からない以上は不可能だ。その上、生徒から感謝の内容が届くということは人当たりはいい方なのだろう。しかし、明らかに立場が異様である。こういうキャラと深くかかわりすぎると、物語の核心を大きく変えてしまう可能性が出てきてしまうため、あまり関わりたくはないところなのですが。
――ブブブ、ブーブーブーッ。
ここで、蒼井さんからハッキングが完了したという通知が来る。私はそっとポケットにある端末のバイヴを止め、サンドイッチをまほさんの目の前に差し出す。
「それを食べたら、今日の処はお帰り下さい。明日、またお会いしましょう。ちなみに、お会計は無料でございます。それでは、私はこれから調査に行って参ります」
「はい、わかりましたー!」
何故か途端に元気な返事で見送ってくれたまほさんを背に、私は部屋を出る。時々思ったのですが、恐らくまほさんも少し常識から逸脱している側の人間なのでしょう。
まぁ、依頼主でありますし、話していて危険だと感じるものはありませんし、常識的許容範囲といったところでしょう。
さてさて、そんなことを考えているうちに、蒼木さんの待つ経理室に着きました。早速、聞かなければならない事を聞いておきましょうか。
「――蒼井さん、今回は?」
「年齢は十六歳。もちろん一般生徒……あー、こン中では生産者だったか? んで、最初は教室で目覚めることになってる。元々のキャラ設定だが、内気で友達がいない。ペットでウサギ(種類は問わない)を飼っている。けど名前は、NOネーム。最適だろ?」
「はい。内気で友たちがいない。という条件以外は」
あと別にウサギは要らないですね。
「安心しろ。そこは転校したばかりで友達が少ないに変えといてやったさ。ウサギは消してないけどな」
「流石です。助かります。別にウサギの設定はあっても無くて大丈夫です」
私は微笑み、安っぽい味のする紅茶を啜りながらそう返す。
――それにしても不思議なことです。
何故、ペットを飼っていたり内向的で孤立していたりという設定を付けていながら、肝心な名前の設定は『空白』だったのでしょう。そこまで細かい設定を決めているなら、適当な名前を付けているのが普通です。世界観の歪さから思っていた事ですが、この本の作者は相当な変人のようですね。
「では、そろそろ仕事に移りますので、失礼します」
「うぃー、気を付けるんだな」
金平糖を一粒口へ放り、扉の前で振り向く。手をひらひらさせるだけで振り向いて見送ることをしない蒼木さんに私は軽くお辞儀をして、そっと部屋から出た。
これから向かう場所は、私の寝室でございます。まぁ、私も“私自身を物語の中へ転送”しなければなりませんので、それなりの準備や道具が必要なのです。
「今回の件、初回は軽装備で大丈夫でしょう。戦闘になったり、重病にかかったりというのはないでしょうし」
三つの分厚い本と眼鏡だけを箱に入れ、私はゴーグルを装着する。ゆっくりと、溜め息を吐く。集中するには必要過程です。
この物語に、新たな頁を書き足しましょう。
二話目を読んでくださりありがとうございます。三話目以降は、二週間ごとに更新を目指しています。(早ければ十日後くらいになるかもですが)
もし、これからもお付き合いいただけるならば、また二週間後にご確認ください。