私としましては、普通のお客様です
初投稿で、一話分の長さがわからないため、こんなものかなと思ったところまで載せてます。
楽しいと感じてくれたら幸いです。
よかったら、最後まで見ていってください。
梅雨の時期になると、人々の足は重くなる。雨というのは心にも澱んだ空を浮かべてしまうものなのだろうか。『春は恋の季節』と言うのに、この時期だけは街ゆく人々の背中はどこか寂しげに見える。なんというか、おかしな話だ。
恋の季節だと謳いながらも、梅雨に入ると憂う。人というのはよく分からない生き物である。
「……………。」
おっと、私も人間ですよ。バケモノなんて存在しえないのですから。
「おーい、詩織。お前にお客さんだ」
「おや、今日はお早いご来店ですね。かしこまりました」
この店のマスターである蒼井さんに言われ、私は休憩室から出る。……最初に申しあげておきますが、いかがわしい店ではございません。普通のカフェ&バーです。
ふふふ、私はそう簡単に身体で商売は致しませんよ。
ただ、私が接客をするときは少し特殊なお客様が来店されます。もちろんその方々を、お招きする部屋も用意しています。一般のお客様と同じカウンターに座らせるのは申し訳ないですから。
まあ、請け負っている私からしてみれば、一般のお客様となんら変わらない存在なのですが――。
「どうも、お疲れ様です。ご注文は何でしょう?」
私は、いつも通り注文を聞く。目の前のカウンターに座る彼女はしばらくメニューを眺めた後、フルーツティーを注文。
「ここへ来られるのは初めてですか?」
私はたずねる。彼女はこくりと頷く。聞いた手前ではありますが、彼女が初めての来店だということは知っていました。私、人の顔を覚えるのは得意でして、来店されたお客様のお顔は全て記憶しております。それに、私を呼ぶお客様で初来から何度も来るリピーター様はおられません。と、言うより。そう何度も来られると困るのです。
「あの…………」
半信半疑、または恐る恐るというような表情で彼女は私を見つめる。
「はい、なんでしょう」
私は微笑みを彼女に返す。なんとなく言うであろう台詞を想像できます。いままでのお客様全員が私に質問された言葉ですからね。
「ここは、本当に私のいた世界とは違う、別世界なんですか?」
「ええ、もちろん。正真正銘、あなたが生き抜いた世界とは違う場所です」
私は先程と変わらない微笑みを彼女に向けたまま、一呼吸置いて返答する。
――異世界の住人。
それが、私だけが接客する特別なお客様です。
あっ、異世界の住人と言っても天国や地獄などといったものではなく、ある作者が書いた本の物語。それに登場する人物たちの強い想いが実体となってここに来られるのですが、その理由は様々です。
コーヒーを飲みたくなる瞬間というのは、人それぞれですから。
さて、今回のお客様は服装で判断するに、どうやら女子高生のようです。予想ですが、失恋だとかその辺の類ではないでしょうか。このぐらいの年齢で来店されるお客様は、皆そのような内容ばかりですので。
「ここに来れば、あなたに悩みを聞いていただけるんですよね?」
「ええ、聞きますよ。解決に至るかは分かりませんけど、それでも良ければ」
どのような励ましとエールを送ってあげるべきか考えつつ私は真剣な眼差しを向ける。彼女は口を少しだけモゴモゴと動かした後、重々しく口を開いた。
「私、大切なものを失くしてしまったんです」
「……。おやまぁ」
なんと、失恋ではなく物の紛失ですか。予想が外れましたね。今日は運が悪い日なのでしょう。
「すっごく尊敬している人から貰ったものだったんですけど、いつのまにか失くしちゃって……」
ふむ、なるほど。恋人からのもらい物、という線もあると思ったのですが。どうやら、失恋だとか片思いだとか、そんな甘酸っぱい青春の悩みではないようです。
「……それはショックでね。失くしたものはどのようなものなのですか?」
私は真面目に彼女の話に耳を貸すことにした。はい。私、何を隠そう恋愛話は大の嫌いなのです。
「お揃いのイヤリングです。それなのに、つけることもなくどこかに…」
話しを切り出し、事の経緯を話し始め、その中で私からもいくつか質問を挟みつつ進めていき、数十分が過ぎ去った。
「――という事なんです。だから私も落とした心当たりがなくて」
詳らかに彼女の相談内容を聞いてみたところ、彼女には尊敬する同姓の先輩がいて、その女性は“なんらかの理由”で引っ越すことが決まり、誰よりも親しい関係であった彼女に引っ越す前日にイヤリングを渡したらしいのだが、彼女がその日家に着いた時には既に鞄の中から紛失していたらしい。しかし、彼女は帰路の途中で鞄を開けていないと言った。
仮定①
――そもそも鞄に入れ損ねていた。
いや、これはないでしょう。お互い目隠しをしていたのならあり得ますが、きちんと見ていて鞄に入れ損なう筈がない。
仮定②
――気づいていないだけで帰路の途中で落下。
あり得そうにも感じますが、これは私の中ではあり得ないと判断します。鞄を開けていない、開けていたという有無は関係なく、来店者である彼女は几帳面で冷静な性格をお持ちのようですので。
仮定③
――彼女の夢オチ。
この場合、私には対処できない。というケースも考えなければなりませんね。彼女が見た『夢』が『物語』の中で意味があるものならば作者も彼女の『夢』を膨大なデータの中の片隅にでも保存しているでしょう。ですが、彼女が『個人的に見た夢』ならば、私が介入する隙はなく解決不可能ということになります。
「あの、捜査はしてもらえないんです……か?」
最初から不安そうだった表情が、さらに陰りを含む。
「――……いえ、その依頼、御受け致しました」
私は微笑み、そう言った。彼女の身体が一瞬だけ硬直し、開いた眼で私を見つめた。
「あっ、ありがとうございます!」
「おぉっと」
大きく明るい声と共に、私の腕が引っ張られる。思わず漏れた動揺の声。しかし、私の顔は恐らく真顔なのでしょう。ただ彼女はそんなことは気にしておらず、ニコニコと私の手を握って離さない。
まぁ、ここに勤め始めて数日経ったくらいに、同期の子に言われたのが『表情の変わらない人形みたいね』という評価だった。現にお客様からも『無愛想なウエイトレスがいる』というクレームがあったくらいですから、きっと相当の無表情だったのでしょう。……え。今、ですか。今はサービススマイルというものを習得しましたので、私へのクレームは悪質なクレーマーを除けばゼロです。
「さて、お客様。貴女の名前を教えて頂けますか?」
「まほ。【五十嵐 まほ】です」
「まほ、ですか。可愛い名前ですね。では、まほさんはゆっくり飲んでいてください。私は捜査の方に移りますので」
聖母のような微笑みをまほさんに向け、そう告げた私は食器棚の隣に置いてある本棚に手を伸ばす。依頼を受けた時に限り開くことが出来る、一番上の扉付きの収納スペース。ここには普段何も入っていない。依頼を私が承諾した後に、そのお客様のいた物語である本が、マジックの様に忽然と現れる。
――さて、今回の物語の題名は?
――【LOST BLUE】
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
ページ数に換算すると大体4ページほどを載せたのですが、次回からは平均2ページになるかなぁと思っています。2話以降もお付き合いいただけると幸いです。