無口カップル
私立水代高校には有名なカップルが居る。
しかし、そのカップルは何故有名なのか。それはここの全校生徒が皆思っている。勿論、本人達も。
チャラいという訳でもギャルという訳でも無ければ、容姿や頭、運動等、飛び抜けて上手いという訳でも無い。
漫画やノベルはそういう主人公達が多い。
しかし、この2人は…。
「……」
「……」
「ん…」
「ん?」
「んーん♪」
「んー?」
只今2人は屋上で昼食を摂り終わり、金網に身体を預け休憩している。
「ヒロ…」
「ん?」
「呼んだだけ…」
「……そう。……ハナ?」
「んー?」
「呼んだだけ…」
「フフッ」
通常、カップルというのはイチャイチャと騒がしく、下らない事を話す人が多いが、少し違う点が2つある。
まず、この2人は無口。話す内容などすっからかんで性格も大人しい。
2つ目はそんな性格の癖にイチャイチャする。それも静かに。
彼氏である源弘志は勉強はあまり出来ないが運動神経は抜群。クールで中性的な顔立ちなので女子生徒の間では「寡黙王子」と呼ばれている。
そして彼女である酒匂花菜は運動は苦手だが成績はトップクラス。誰にでも優しく接し時折見せる笑顔は天使の様でファンからは「沈黙姫」と呼ばれている。
学校ではこの2人を「サイレントバカップル」と呼ばれている。
2人の出会いは高校1年の夏頃、告ったのは弘志の方から。
「好き…です」
派手にせず飾らない何ともシンプルな告白だった。
「はい…」
弘志の一言に顔を真っ赤にして花菜は告白をOKした。
そんな花菜を見て弘志は頭の中で小さくガッツポーズをした。
ここから2人の静かなイチャイチャの日々が始まった。
「おはよ…ヒロ」
「はよ…」
生徒玄関で弘志と花菜を挨拶を交わす。
花菜はボーッとしている様に見えるが、これが正常。挨拶をする時も勉強をする時も運動する時も頭の中は常に働いている。
一方、弘志は今かなりの睡魔に襲われている。異常。
常にボーッとしている表情だが、体育の時は機敏な動きで取り組む。しかし、座学になると睡魔の嵐。授業によって変わる。
「寝不足…」
「ん…」
「もう…」
花菜は弘志の頭に優しくチョップをいれると、弘志は半目状態で目をキラキラさせている。
「後で…ギュ~…」
「……ん」
周りは2人のやり取りを見て、微笑ましく見ているものもいれば少々嫉妬心が出ているものもいる。
「よっ!弘志!」
「友翔…はよ…」
「相変わらず見せつけるなぁ~、校内公認のバカップルさんよ」
「……」
友人の並平友翔が茶化してくる。
友翔とは幼稚園からの仲。いわゆる幼馴染み。
クラスのムードメーカーで学校行事が始まると全員を引っ張る。
しかし、うるさウザいので彼女は全く出来ず。
「何だ何だ。後でギュ~ってして貰うのか?」
「……聞いたの?」
弘志は怨念を込めた視線で友翔を見る。
「おいおいそんな怒んなよ。何年もの付き合いがあればお前の声は聞こえるんだぜ!」
「……」
「うおい!何処行くんだよ!お前が聞いてきたんだろ!」
弘志は友翔を無視して教室へと向かう。
*
「は~な~!おっはよ~!」
「ん…おはよ…」
同じく花菜も声を掛けられる。
最初に挨拶してきたのは友人の矢島色。
花菜とは中学からの友達。天真爛漫で元気で少し抜けている所があるが、活発で部活ではテニス部に所属している。
「おはようございます。花菜」
「おはよ…」
色の後ろから同じく友人の藍沢紗奈が挨拶をする。
紗奈とは高校からの友達。大人びた雰囲気で誰にでも平等に接しており、先生や生徒からの支持も大きい。因みに学年首席。
「あはっ!花菜何か嬉しそうな顔してるねぇ~。源君とまた何か話してたのかな~?」
「ふんむ…」
「色、分かるのですか?」
色が花菜の頬を突っつきながら言う。その言葉に紗奈は不思議そうに尋ねる。
「勿論!中学で出会ってから花菜の表情を研究したんだよ~」
「凄いですね!流石です!」
「はぁ~…」
盛り上がっている2人を尻目にため息を吐く花菜であった。
*
教室に着いた花菜は鞄から教科書を出し、机の中に入れる。
「ん…?」
教科書を入れた瞬間、中からクシャっという音がした。
机の中に手を入れると1通の手紙が入っていた。
開くと文章が書かれていた。
"放課後、屋上に来て下さい。大事なお話があります"
花菜は恐らくラブレターだと察した。そして、手紙の裏には中村成悟と名前が書かれていた。
「中村…?」
その名を聞いてもピンとこない。なんせ弘志とずっと居る為、他の男子が目移りしなかった。
「花菜~……え、何それ!」
「!!」
後ろから色が抱き付いてくると、手元の手紙に気が付く。
花菜は咄嗟に隠そうとしたが遅かった。
「ねえねえ、それラブレターだよね?」
「…ち、違…」
「どうしたのですか2人共」
「紗奈ちゃん聞いてよ!花菜がラブ…フム…」
色が告げ口する前に花菜が手で口を押さえる。花菜の方を見ると、フルフルと首を横に振っている。
「モガッ。ごめんね紗奈ちゃん何でもな~い!」
「ええー!気になりますよ!」
花菜は色から手を離すと、弘志の方を見る。
幸いにも弘志は友翔と駄弁っている為、こっちは見ていなかった。
「ほ…」
見ていなかった事に安堵していると、弘志は視線に気付き花菜に小さく手を振る。花菜も小さく手を振り返す。
*
放課後、花菜は返事をする為、屋上に向かおうとすると…。
「花菜…帰ろ…」
「あ…えと…、先に帰ってて」
「?…用事?」
「うん…ごめんね…」
「良いよ…じゃあ友翔と帰るね」
弘志は一緒に下校しようと誘うが、花菜は手紙の返事をする為、誘いを断る。
弘志は口を尖らせ渋々受け入れる。
「またね…」
「またね…」
弘志は手を振って教室を出る。
花菜は廊下を出て弘志が居なくなるのを確認すると、急いで屋上へと行く。
花菜も本当は弘志と帰りたかった為、一刻も早く返事をして弘志の元へ行こうと思った。
*
弘志は花菜との下校を断念し、友翔に呼び掛ける。
「え?一緒に帰る?何だ何だ、夫婦喧嘩か?」
「馬鹿なの…嫌なら良い…」
「ちょっ!冗談だよ!そんな1日断れたぐらいで不貞腐れるなって」
「別に…」
弘志は花菜に断られてからご機嫌斜めの様だった。
しかし、花菜の様子が少し変だったのを弘志は感付いていた。
「……」
「どうした弘…あっ!あそこに居るの色ちゃんと紗奈ちゃんじゃねえか!」
下駄箱まで行くとそこには花菜の友達の色と紗奈の姿があった。
「あー!並平君と源君だー!」
「こんにちはお2人共」
「色ちゃ~ん!紗奈ちゃ~ん!何何2人共俺に会いに来たの?」
「いえ、私達も今から帰る所で」
「何だ~、あ、じゃあ一緒に帰ろうよ!」
友翔は紗奈に近寄りそう言うが、間に色が割って入る。
「もう!紗奈ちゃんは清楚なんだから近付かない様に…」
「え~じゃあ色ちゃんで良いよ」
「もう!並平君はそんなんだからモテないの!」
すると、紗奈は辺りを見渡すと弘志に聞く。
「源さん、花菜とは一緒に帰らないのですか?」
「うん…用事あるって…」
弘志がそう言うと、色の肩が少しビクッと跳ねる。
そんな色を隣に居た友翔は見逃さなかった。
「ん?色ちゃんどうしたの?」
「え!いや、何も~…」
すると、友翔と色の会話を聞いていた紗奈が話に入る。
「どうかしたのですか?」
「ん~?花菜ちゃんの話になった途端、少し驚いてたからさ~。何か知ってるのかなぁ~と」
「はぁ…、あっ!そういえば今朝何を話そうとしてたのですか?」
「へ?」
紗奈の質問に分かりやすく動揺する色。怪しく思った紗奈は顔をズイッと寄る。
「何か隠してますね?」
「え…いや、えっとぉ…」
「目が泳いでるよ~」
「その~…」
「顔を逸らしたら終わりです!」
「うっ!」
「ほらほら早く言って楽になりなって」
「む~…」
紗奈と友翔に責められ、もう逃げ場が無い中、次は弘志が追い討ちの質問をする。
「矢島さん……花菜は?」
「……。はぁ…分かったよ」
色は机の中に入っていた手紙の事と何処へ向かったかを説明する。
*
花菜は手紙の返事をする為、屋上に続く階段を上がっていた。
先程こっそりと色に手紙の差出人である中村成悟の事を聞いた。
中村成悟。
中村総合病院の院長が彼の父親で御曹司。
生まれながらの秀才で運動神経も抜群。顔立ちも整っており、先生や生徒の人気も高い。入学してから告白された回数が3桁を越えたという噂も。
「何で…私…」
そんな人物が何故自分にと少々おこがましく感じていた。
そんな事を考えているとドアの前まで着き、ドアノブに手を掛け開ける。
「あっ、待ってたよ酒匂さん」
屋上のど真ん中に、臨戦態勢を整えている恐らく中村成悟であろう人物が立っていた。
「ん…何の用…」
「君に思いを伝えたくてさ。君の事を始めて見たのは1年前廊下ですれ違った時に君の横顔が綺麗で、今まで告白してきた娘の中で1番素敵だった。僕は一目惚れしたんだ!」
「長々と…」
先程からまるで宝塚の様に屋上を広く使って話す成悟に、花菜は真顔で引いている。
「酒匂さん、僕とお付き合いをしてくれないか?」
「無理…彼氏居るから」
花菜は告白され間も無く答えを出した。
その素早さに成悟は固まり、顔をしかめる。
「うむ…かなり早めにフラれたな。確か源君だったっけ?まあ一見立派な青年には見えるけど、授業中に寝るだらしない奴だ」
弘志の事を言われ、眉がピクンと動く。
「成績はそこまで良くないし、体力だって僕より劣っている」
彼氏の悪口を言われ、だんだんと胸くそ悪くなってくる。
「ボーッとしているし、何を考えてるのか全く…」
「うるさい…」
ボソッと言った一言で、成悟の悪口がピシャリと止む。
「あなたに…ヒロの…何を知ってるの…」
花菜は少し眉をつり上げる。
「ヒロは…あんなんだけど…とても優しいし…私の事を…想ってくれる…一途な人…」
花菜は弘志が無口な自分に告白してくれた事が凄く嬉しかった。
そして、弘志も同じくあまり喋らない性格だという事を知り、弘志の事を支えたいと思ったのだ。
「ヒロは…私の大切な人…。悪く…言わないで!」
花菜は最後の最後に大きな声で叫ぶ。
花菜自身もこんな大きな声が出たのは初めてなのか、自分の声に驚き、成悟の方を見てハッとする。
「ご、ごめん…」
「はぁ~、まさかそんなに愛されてるとは、源君が羨ましいよ…」
すると、成悟は屋上のドアに目をやると、。
「告白現場を盗み聞きかい?早く出てきたら?」
花菜は成悟の言葉に後ろを振り向く。
すると、扉から出て来たのは弘志達だった。
「色…言ったの?」
「だ、だって皆が問い詰めるから!」
「だからって…」
「ご、ごめんってば~…」
色が叱られている中、成悟は弘志の方に近付く。
「酒匂さんの事、幸せにしないと許さないからな」
「当たり前…」
そう言うと成悟は屋上から出ていった。
「ひ、ヒロ…」
「花菜…」
「ごめん…手紙…貰ってた事…だま!」
弘志は何を思ったか、急に花菜を抱き締めた。
「おっと、俺達はどうやらお邪魔虫の様だな」
「そうですね」
「うぅ…」
「色?どうしたのですか?」
「花菜に怒られた…」
「「……」」
2人は泣いている色を引きずり、屋上を出ていった。
「ヒロ…」
「花菜…さっきの言葉…本当?」
「……き、聞いて…たの?」
屋上で言った花菜の弘志に対しての気持ちを全部聞いていた様だ。
下駄箱で手紙の事を聞いた時、弘志は正直不安であった。花菜からの好意が分かっていても、何れはそういう経験もあるかもしれないと。
「嬉しかった…」
「え…?」
「そんな風に…想ってくれて…」
「あ…当たり前…じゃん…好きなん……」
そこまで言うと恥ずかしいのか、弘志の胸に顔を埋め、黙ってしまった。
「…花菜…こっち向いて…」
「え…」
弘志は花菜の顔を掴み、自分と目線を合わせる様にすると。
「ん…」
「!!」
静寂とした屋上の真ん中で、無口な唇同士が触れあった。