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朝何人かの友人に声を掛けられた他は特に何事もなく午前の授業も終わった。
私にとっては久々の食堂での食事だ、今日のメニューはなんだろう。なんて考えているとちょっと、と後ろから肩を捕まれ慌てて振り向いた。
「久世君」
おう、とぶっきらぼうに返事をする彼は先週心配して部屋を訪問してきた久世先輩の弟で同級生の久世昌輝君だ。
ちなみに兄である久世先輩は下の名前を芳樹という。
彼もまた久世家の人間として私が母の嫁いだ五辻家に迷惑を掛けていないかを見張るお目付け役の係を担っているらしい、入学してから定期的にこうして声をかけられるようになった。
「何か用なの久世弟」
「由唯、そんなカリカリしなくても」
私の肩から彼の手を払い落としながら結唯が心底嫌そうな目で彼を見る。
結唯には入学初日に私が彼に呼び出され校舎の影で話をしているのを見て助けられたという縁もあり、どうにも彼を嫌っている節がある。
多分それは結唯のお父さんがヨーロッパのどこかの国の貴族の出身らしく女性には優しくするもの!という常識で育ったから、と本人も話していた。
確かに久世君は少しぶっきらぼうだしあの時は色々聞かされた直後で取り乱していたみたいだったけど、内容からするとしょうがないところもあるのではと私は思っている。
「うるせぇ暴力女、俺が用があんのはお前じゃなくて穂波の方なんだよ大人しく引っ込んでろ」
「はぁ?前科があるんだから心配して当然でしょ、そもそもいつも深雪に付き纏ってあんた何なの?ストーカー?」
「なっ…、違うわ!」
桃歌は二人をみてまた始まったわ、と首を振って早々に匙を投げてしまった。
私はまぁまぁと宥めて久世君へと向き直った。
「話っていつものだよね?」
「…おう」
「またメッセージでお願いしてもいい?私達お昼まだで…」
「こんな時間に重役出勤してきたあんたと違って私達は真面目だからね」
「結唯ってたまに変な日本語知ってるわよね」
結唯の煽りに睨みだけを返して彼はその場を後にした。
昼休みとはいえ未だ周りにまばらに残る生徒達からチラチラと視線を寄越されて気不味い思いを感じて二人を急かし逃げるように食堂へと向かう。
主に昼食時に使われる校舎棟の食堂室には、この時間高等科の殆どの学生が集まっていて中はとても賑やかな様相である。そこかしこから美味しそうな香りが漂い、気不味さから忘れていた空腹が呼び起こされた。
食事はビュッフェスタイルで、冷えたり量の減ったものは出来立ての温かいものと給仕の方が手際よく取り替えていく。
「今日は何食べようかなぁ〜!」
久々のこの食事に思わず弾んだ声が出る。
「深雪って本当、穂波の家にしては庶民派よね……」
「まあでもそういう所が深雪のいい所とも言えるし?」
二人の会話も耳に入らず学園の凄腕シェフ達の食事をお皿にいっぱい盛っていく。
和洋中に加え東南アジア系やボルシチなどのロシア料理、アメリカンなピザにキャッサバのパンやシェパーズパイのなどの南アフリカ料理まで揃っていて、しかも毎日少しずつ違うメニューが並ぶ。
こんなに贅沢な食事が出来るなんて私としてはとても最高だと思っているのだが、二人を初めとするここの生徒の大半は規模は凄いがパーティなどで慣れているし別に…という反応だ。私と同じように喜んでいるのは特待生などのごくごく少数人のようである。
お金持ちはやっぱり凄い。
「それでは頂きます」
「頂きます、今日も深雪の量を見てるだけで満腹になりそう」
「確かに深雪はあんまり動く方じゃないのによく食べるよね、いっただきまーす!」
箸を進めながら他愛もない話をし、そういえば先輩に食堂へあまり行ってないと言われたのを考える。
華房学園では食堂や購買の利用を生徒の持つIDカードで一括管理している。所謂擬似クレジットカードという訳だ。
母には入学前に無駄な金を掛けさせるなと口を酸っぱくして言われたのをまだ鮮明に思い出す。
それにしても、この豪華な食事なら一日一食であとは部屋のキッチンで必要に応じて作るのでも全然問題無いと思うんだ。節約ってそういうものだよね…?
やっぱり久世家ともなるとそんなことは以ての外、五辻家でなんて論外なんだろうか。
でも、私には心配そうにせっせと食事を運んでまで世話を焼く先輩の姿は、親鳥のように見えてしまってどうにも締まらないな、なんて思いながら二人の会話に意識を戻す事にした。