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「み…、深雪ッ!」
咄嗟のことだったのにまだ重い身体は悲鳴を上げながらも動いてくれた。
目が合ったあの時のあの子は、最後に会った時よりも随分と幸せそうな見た目に素敵な制服を着せてもらってとても大切にされている様子だった。
でも私を見てあの子は…、声を掛けるのも待たずに走り出してしまった。
慌てて追いかけようとする私を、カンガルーケアとかいう新生児との触れ合いに夢中だった五辻の面々がハッとなり止めに入る。
「はッ、離して!!!深雪!!!!」
「落ち着け花絵!どうしたんだ!」
「いえ、社長…その、深雪様が……」
言いづらそうに口を開くのは夫となった秀政の秘書だと過去に紹介された大山という男だった。
それを聞いた面々はどうしましょう、と顔を見合わせるばかりである。
全く役に立たない。
私はあの顔を知っている、憎い…あの妹が生まれた時に私がしていた顔だ。
全てを、下の子に持っていかれた時の顔だ。
「…私が行く」
「貴方が行って何になるのよッ!」
「君が行っても何になる、花絵」
咄嗟に噛み付いた私に即座に言い返すこの整った顔の男が今は憎らしい。
その横面を殴りつけてやりたいくらいに。
あぁそうだ、私はあの子に母親らしいことなんかしてこなかった。
傍に居てやることも抱きしめてやることもしなかった。一生懸命私の役に立とうとするあの子の姿が幼い頃の自分と重なり感情的に殴りつけたことすらあった。
それでも、それでも今祖父母に抱かれているこの子を産んで思い出したのだ。
初めてあの子に会った寒い寒い、真っ白な雪の日の事を―――
深雪を妊娠した時、誰もが私に堕ろせと迫った。
普段無関心を貫き私を居ないものとして扱う父と母ですらそうだった、妹に至っては水をかける物を投げつけるといったある程度の実力行使も受けた。
それで逆にムキになった私に最終的に家族は折れた。
十月十日、大きくなるお腹の重みに段々と母としての自覚も芽生え、どんな名前にしようかと姓名判断の本なんか買ってみたりもした。
性別は聞かなかった、先入観なく愛してあげたかったのだ。
男の子でも女の子でも貴方は私の大切な子供。産まれてきたらめいいっぱい抱きしめて毎日一緒に眠ろう。と、そう考えていた。
そうやって大きくなったお腹が、産気づいたのは真冬の寒い寒い日だった。
突然のことに年末年始の忙しさに、パーティにと飛び回る家族は中々到着せず、結局私は一人で小さく愛しい娘を産んだ。
本当に可愛くて、嬉しくて嬉しくて、大人になって初めてあんなにわんわん泣いた。
名前は美雪とすることにした、外の真っ白で綺麗な雪のように美しい女の子になって沢山の人に大切にされるような子に育って欲しかったからだ。
暫くして遅れてきた父と母は隣で眠る娘を見て性別は!?と尋ねてきた。
可愛い女の子だ。と告げると、二人はソファに座り込み頭を抱え黙り込んでしまった。
この時点で私には、何だか嫌な予感がしていた…
「養子に出しなさい」
「…は?パパ、な、…んて?」
「養子に出しなさいと、言ったんだ。男なら私達の子として届けて後継にすることも出来たものを…全く、何故よりにもよって何の役にも立たない娘なんだ!」
吐き捨てるように言われた言葉は、私から娘への愛情を全て奪い去ってしまった―――
もう暫く重い話が続きます




