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「おはようございます…!」
寝坊をした恥ずかしさと、泣き疲れて眠ってしまうという子供のような醜態を晒してしまった恥ずかしさから、小さく縮こまりながら案内されたリビングダイニングに入る。
初めて入るそこは廊下と同じ深い飴色の板張りの和洋折衷といった雰囲気を持つリビングルームであった。
美しく磨きあげられた黒檀の八人掛けダイニングテーブルの真ん中の席に案内され、椅子を引かれるままに腰掛ける。
斜め向かいに美沙子さん…お祖母様、隣にはお父さん、一番奥の所謂お誕生日席となる一番の上座に腰掛けている人物は新聞で顔を隠していて顔が伺えない。
「深雪さんおはようございます、よく眠れたかしら?」
「はい!お陰様で…ご迷惑をお掛けしてすみません」
お祖母様が優しく声を掛けて下さり慌てて頭を下げれば、気になさらなくて良いのよ。と微笑みで返される。
「ああ本当だ。大方母さんがはしゃいで深雪を疲れさせたんだろう、気にすることはない。それよりゆっくり休めたか?」
お父さんがお祖母様の言葉に重ねてコーヒーを啜って言えば、お祖母様は全く女の子にとってのお買い物は大切なことなんですよ!と小言を漏らしている。
まさに仲の良い家族の団欒といった様子に自然と笑みが零れた。
「ぅおっほん!」
咳払いが聞こえ、そちらに目を向けると顔を隠していた新聞は折り畳まれお父さんに似た相貌のロマンスグレーが素敵なおじ様が顔を出していた。
「まぁ!貴方、そんなわざとらしい咳払いなんかなさってないでご自分で声を掛けたらいいじゃありませんの」
「うぅ、む…お、あー、…おはよう、深雪君」
「父さん……」
「えっと、おはようございます…」
お父さんとお祖母様は心の底から呆れたというような様子、私もおずおずと朝の挨拶を交わす。
うむ。と頷きまた新聞を開きかけたその人だったがお祖母様がピシャリと手を叩きお止めなさい恥ずかしい。と苦言を呈されている。
「全く…。深雪、あれは私の父で政孝という。君のお爺さんになる人だ。どうにもこう、年頃の娘というのに接し慣れていないせいか照れている様でな…」
挙動不審で申し訳無いが仲良くしてやって欲しい。と、困ったような呆れたような様子の父にやっぱりそうなのか、と納得しながら頷きを返す。
お祖母様が貴方と呼ぶならばお父さんのお父さん、つまりお爺様しかいない。
あれが五辻家の前当主であり五辻コーポレーションの会長、五辻政孝さん…
渋くて格好いいおじいちゃん、にしか見えない。
そう思うとなんだか気後れする気持ちも薄れ、改めて向き合って目線を合わせて口を開いた。
「初めまして、深雪です。お爺様とお呼びしてもいいですか?」
「お、…おぉ!いいとも深雪君!うん、うん、何かあればいつでもお爺様に言いなさい!」
先程とは打って変わって嬉しそうな笑顔のお爺様に全くもう。とお祖母様が頭を振り、お父さんがはぁ…と、大きな溜息を吐いたところで奥の暖簾の先からワゴンが運ばれてきて食事が供された。
甘くて美味しそうな香りのフレンチトーストにたっぷりのフルーツと新鮮なサラダ、湯気を立てる美味しそうなスープにはゴロゴロと根菜がたっぷりだ。
「さて頂こうか」
お爺様のその声に合わせて四人で頂きますと手を合わせ食事が始まる。
幾分、いや…随分と豪華だけれど子供の頃に思い描いた家族団欒がそこにはあった。




