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いつも通りの、朝のしんとした空気が澄み渡る薄暗い時。

そんないつも通りの時間に目を覚まし、着慣れた制服に手を通した私は、本日の予定を確認しようと慣れ親しんだ家事室に向かった。

奥から漏れ出る光から察するにどうやら今日も彼は居残っているようだ。


「遠野君、あまり根を詰めすぎるのも―――」

「しー……!」






声を掛けながら潜った先には驚きの光景が広がっていた。

私の声をしー、と遮った彼は部屋の奥を指差していて、その指の先には昨夜急遽こちらにお泊まりになられた深雪お嬢様が作業台に突っ伏したまますやすやと眠りにつかれていた。



「これは、一体…」


起こさないようにと抑え目の声で遠野に事情を聞くと彼も困った顔で首を振った。


「夜中にこちらを尋ねていらっしゃったのでお食事になるものを、とお出ししたらそのまま此処で召し上がられて、気が付いた時には……」


途中までは僕の作業を見てらっしゃったんですけど…。と心配そうに言う彼は、一度作業に没頭したら他の事が手に付かなくなるタイプだ。

きっとお嬢様が寝入ってしまわれたのも作業が終わってから気付いたのだろう。



「これはまた、困りましたね…お風邪を召されていらっしゃらないと良いのですが」


七月も半ばを過ぎ、そろそろ下旬が見えてくる頃とはいえ薄着では体を冷やしてしまう。

起こさないようにと同年代よりも幾分細いお嬢様の体をそっと抱き上げ、後ろでおろおろとしている遠野君を手招きする。幸いお嬢様は起きていないが、このままではいつ目を覚まされるか分からない。



「遠野君、申し訳無いのですが扉の開閉を手伝って頂いてもいいですか?」



躊躇いなくぶんぶんと首を縦に振った彼は音を立てないように、しかし素早い動きで私の前を先導して行く。


彼も色々としがらみのある身の上ながらますも、とても…いや、かなり純朴な好青年だ。

お嬢様が初めて本家にいらっしゃると決まった時から、彼は毎晩寝食も惜しんで和洋問わず菓子の研究に打ち込むようになっていた。

どうやら子供に喜んで貰えるようなお菓子を作るのがずっと夢だったそうだ。勿論、お嬢様が16歳の立派な女性だと言うことは伝えたのだが、いまいち分かりきっていないような気がしなくもない。



「あぁ、そこを左です」


幾度か小声で、先導している彼に道案内をしてようやくとお部屋の方に到着した。


この趣ある本邸には少し似合わぬ、可愛らしく纏められたこのお部屋は、美沙子大奥様が深雪様付きになった香重さんと一緒に暫く前からあれこれと考えられて用意なさっていたお部屋の一つだ、昨日疲れて寝入ってしまわれた深雪様をそのままお泊めする為にようやく日の目を見ることが叶った。

まだ深雪お嬢様はすやすやと寝息を立ててよく眠っている。

敷かれたままの布団にそっと横たえ、掛け布団を掛け直し間接照明を切って音を立てないよう部屋を後にする。




「…よく眠ってらっしゃるようで、良かったです」


ぽつりと呟くように口にした遠野君の言葉に頷きで答え、さぁ仕事に戻りましょうか。と来た道を戻ることにした。






どうか良い夢を、お嬢様。

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