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化粧品を選び終わり、やーっと終わった!と、飲み物で喉を潤しながら一息ついていた私は、それでは次はドレスの方を選んでいきましょう。と、奥からキャスター付きのハンガーラックを出てきたのを見てひぃっと声にならない悲鳴を上げた。
買い物が嫌いな訳ではない。が、使われる金額を考えると余りのことに気が滅入る。
父はお金は使わなければならない物なんだと話してていたが、どうにもまだ受け入れづらい感覚だ。
多分、お化粧にもお洋服にもそこまでの価値を見出せていないのが大きいのだろう。
服なんて着られればそれでいい、化粧なんてしたところで持って生まれたものには敵わない、お金なんて…見た目なんて…私には縁のない物だ……
「…様、深雪様?」
「あっごめんなさい、考え事してました」
「大丈夫?深雪さん、ちょっと疲れちゃったかしら?」
心配して下さる美沙子様に大丈夫です!と慌てて笑顔を向け、気を取り直して腹を括り並べられたドレスに改めて目を向ける。
どのドレスも美しい光沢に輝き、華やかな色柄が煌めいていて見ているだけで目の保養になるとはこのことだな。と、納得の品々だ。
化粧品の善し悪しは分からないが服ならばまだ分からないことも無い、なにより先程より点数も少ないしそこまで大変な思いはしないで済むだろう。
と、思っていた私が甘かった。
「まぁ!素敵よ深雪さん!先程のも良かったけれど今着ているのも良いわねぇ、ね?緒方さん」
「えぇ奥様、深雪様は肌が白くていらっしゃるのでこちらの深い青がとても良く映えますね!」
もう三着も脱ぎ着を繰り返して疲れが滲み出てきた体を引き摺りながらフィッティングスペースから出れば、二人による四度目の品評が行われる。
あの色味よりこの色味、あそこのカーブをもう少し深い物を、あの柄よりも華やかなものを等々…私の目には全部綺麗に見えるのに、美沙子様と緒方さんには納得がいかないようであれこれと討論を交わしている。
「あ…これ、綺麗…」
四着目を脱ぎ終え、溜息を吐いて脱力した私の目にテーブルの上に開かれたままになっていたカタログの、そのページの右下の橋の方に小さく掲載されている一着のドレスが目に入った。
黒いレースにウエストの編み上げ、肩のふわりとした袖、全体はシフォン生地で仕立てられているようで薄く透けている。
「こちらが気になりましたか?」
「あ、はい、…凄く綺麗で」
「深雪さんが気に入ったものが一番よ、良かったら持ってきて頂ける?」
ドレスを前に討論を交わしていた二人だったが私の一言に反応しすかさず緒方さんがドレスを取りに部屋を出た。
入れ替わるように別の方が入室して飲み物のお代わりを入れて下さった。喉を潤しながら一息つけば、そう時間は掛からないうちに緒方さんも戻られ、私はそのドレスと対面した。
ラックに掛けられ対面したドレスは、正直写真写りが悪過ぎると言わざるを得ない一着だった。
そこまで有名でない国内ブランドのその少ないページの中でも一際小さな枠を充てられた一着。
実物はそんな場所に掲載しているのが勿体ないという出来の、文句無しに素晴らしいドレスだと私の目には映る。
「私もこのドレスは今回初めて拝見したのですが…美しいドレスですね。特にこの肩のエンジェルスリーブ、刺繍に沿ってカットされているので着ると肩に黒い花を纏った様なデサインになるようです、それからこの後ろの編み上げも」
一つ一つを詳しく説明して下さる緒方さんの話に耳を傾けながら私の目はドレスに釘付けだった。
動かす度にシフォンの下で青白く下の生地が輝く。
割れた硝子の様な、水晶の様な、氷の中の虹色の様な、なんとも形容し難い黒地に輝くオーロラが映っている。その上にシフォンが重なり輝きを柔らかくしている、きっと光の下で揺らしたらもっと綺麗なんだろうと感じさせられる美しさだ。
一目惚れ、というのはまさにこの事だろう。
「それから、このようにバックにはボーンが左右二本ずつ入っていますのでウエストもフィットして美しく強調してくれそうです」
着て見せて?と美沙子様に勧められるまま袖を通すと、美しく開いた胸元は下品と大人っぽさのちょうど境界でネックレスがきっと映えるだろうというラインが描かれている。
逆に後ろは大胆に開いており肩甲骨が全て露出するような設計になっている。
Aラインでありつつも後ろの編上げのお陰か子供っぽくなり過ぎることも無く、1歩歩くごとにドレスの裾がふわりと動き下の生地のオーロラが煌めく。シフォン生地の裾には袖口と同じ黒の花々の刺繍がさらに大きく華やかに描かれており、それが重さを出しているのか嫌味過ぎず潰れ過ぎないシフォンのラインが保たれている。




