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でも、とか申し訳ない、とか渋る彼女を丸め込んでそのままうちの車に乗せ寮まで一緒に帰ったのだが、流石外部生と言うべきか彼女の頭の回転はとても早く、どんな話題にも一定以上の回答で返してくれ短いながらもとても楽しい時間を過ごせた。
「はー!こんなに楽しく話出来たの久し振り、深雪って凄いね私お父さん以外でカッパドキアの話なんか分かってくれたの深雪だけだよ!!」
「ふふふ、結唯が偶然知ってる話をしてくれたからだよ。それより、本当に送って貰っちゃって有難うね」
「いいよいいよ、どうせ寮は一緒だし。それより深雪家の車は放置してて良かったの?」
何気なく聞いたつもりの言葉だったが、先程まで心から楽しそうに笑ってくれていた深雪の顔色が困った様な笑みへと変わったのに気付いた。
「うちは送迎車とかないからいつも歩きなんだ」
「え、三十分くらい掛かるよね!?」
「うーん、でも運動には丁度良いよ」
そう言って笑っている彼女は成金と揶揄されるようなあの穂波の人間には見えない。
細い手足、随分と大人びた態度、あまり宜しくない想像をしてしまった私にほらほら!寮ついたし部屋戻ろう!と笑顔で声を掛けて笑っている。
この子はどうにも放っておけない。どこかそう感じさせる、不思議な雰囲気を纏う子だと私はその時思った。
初めて会ってから数ヶ月、まだ数ヶ月なのに深雪の事を知れば知るほど好ましく感じる。
上流階級特有の気取ったところも肩肘張ったところも生まれに対しての強い自負もなく、仲良くなればなる程に気が抜けていき時々余りにも抜けたことを言うような、本当にごく普通の子だ。
それでも締める時は締め、相手の機微を読み場の空気を和ませたり気を使うのがとても上手いと思う。
それから、初めて会った頃から少し肉付きが良くなったようで骨の浮いたような手足は華奢な範囲になり、髪にも艶が出て、泣きぼくろが目を引く女の私でも時々ドキリとする様な美しさを時々醸し出す様になってきた。
しかしその美しさでたまに抜けた事を言うからもう笑ってしまうしかない。
私を介して知り合った桃歌も随分と気に入ったようで、いつもなら妹枠に収まり美味しいところを全て持っていくような計算高い桃歌がせっせと深雪の世話を焼いている。
「深雪って独特だよねぇ…」
「何かおっしゃいましたか?お嬢様」
「あ、ごめん何でもないよ」
ぼそりと呟いた言葉を運転手に拾われてしまい慌てて返事を返す。
今日だって学園入ってから誰かと遊ぶの初めてで緊張する。なんて言ってとても楽しんでくれたし、ママのお店も深雪はいつもの大人しい雰囲気からは想像出来ないくらい喜んで、このまま天にでも昇っていくんじゃないかというはしゃぎっぷりだった。
あそこまで喜ばれると恥ずかしさを堪えて母に頼んだ甲斐があるというものだ。
母も深雪を気に入った様で先程から深雪ちゃん本当にいい子ね。なんてメッセージが携帯に飛んできている。
深雪が本当は五辻に引き取られた子だって聞いた時は本気でびっくりしたけど、久世弟が変に食ってかかってたり兄の方が変に構っていたのに納得がいったのも事実だ。
事情はうちの兄に聞いて何となく知ったけど、あの異様に大人びた態度は穂波の家のせいだと分かったから五辻の家で幸せになってくれると良いな、とも思う。まぁ、話を聞く限り五辻家としては随分な大歓迎みたいだし多分平気でだろうけどね。
本当に、深雪には不思議な魅力がある。
ムー大陸もアトランティスもカッパドキアさえも分かってくれる人間に、悪いやつは居ない。




