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穂波深雪、という人物に初めて会ったのは入学して二、三日過ぎた頃だった。

入部届けの都合で下校が遅くなり、足早に校舎内を通り過ぎようとしていた時、何の拍子か体育館裏で詰め寄られていた彼女が目に入った。初めの内は素行の悪いカップルがイチャついているのだろうと思ったのだが、空いていた窓から聞こえてきたのは男子生徒の方の怒鳴り声だった。



「あいつ、確か久世の弟の方…」


久世弟といえば有名名家である久世兄弟の駄目な方として有名な人物だ。

気紛れに女に手を出しては捨て、手を出しては捨てを繰り返し、学園内でも遠巻きにされるようになってからは他校の女生徒にも手を出しているらしい。


あの女生徒もそうやって声を掛けられて逃げようとして逆切れされた。って感じか――


そう思うとどうにもイライラを感じてそちらへと足を向けた。

窓を乗り越え外に出れば、中へ聞こえてきた以上のボリュームで怒鳴りつけているようで声が先程よりも大きく響いてくる。女生徒はというと俯いたままカバンを抱き締めて縮こまり、何の返事も出来ずにいるようだった。

それすらも癪に触るのか久世弟は謝れよッ!と怒鳴りつけ彼女の肩を揺さぶり始めた。


まずいなと走りだし昌輝が手を振り上げた辺りでようやく二人の間に割り込むことが叶う。



「おい。お前、何やってんだ?」

「…っ!?」


振り上げた手を掴み、動きを阻むと彼も私の顔に思い当たりがあったようで慌てて身を引いた。


「リーデンスのとこのメスか…クソ、めんどくせぇ」

「久世の名前が泣くレベルの罵倒だね。頭悪いでしょ、お前」




暫しビリビリとした瞳で睨みつけられこちらも睨み返していると、向こうは早々に我慢の限界が来たのか拳を振りかざし、再度向かってくる。

幾ら素行の悪い生徒といっても素人同然の動きだ、無駄の多い大振りな動きに呆れを抱きながらさっ、と横に逸れて鳩尾に蹴りをお返ししてやった。


ぐっ、と苦しそうな声を上げてへたり込む彼を見下ろしながら盛大な溜息を吐く。



「ほら、やっぱり馬鹿じゃん。懲りたらさっさと帰りなよね。…君は大丈夫?」


そう言いながら振り返れば先程まで俯いていて見えなかった女生徒の顔が目に入った。

吊り目がちながらも大きめな目元に真っ黒の髪をパッツンに切りそろえた日本人形の様な髪型、唇はきゅっと引き結ばれていて肌は病的なまでに真っ白だ。ここに居るということは私と同世代である筈だが、制服から覗く手足はかなり細く痩せていて身長も平均からは幾分低いように感じた。


これは……




「ありがとうございます、ご迷惑お掛けして申し訳ありません」


そう言って礼儀正しく頭を下げる彼女は見掛けによらず随分と大人びていて、甘やかされた子供の多いこの学園内では異質に映る。


「気にしないで丁度目に入っただけだし。私リーデンス=結唯、貴方は?」

「穂波、深雪です」

「穂波、穂波、あぁ…あの穂波不動産の穂波?」

「…はい。えっとリーデンスさんはこちらの生徒さんですよね?」

「結唯でいいよ。私は高等部の一年、穂波さんも見た事ないけどもしかして外部?」

「私も深雪で大丈夫ですよ。同じく一年生です、今月の頭からこちらにお世話になっています」

「へー!凄いね外部なんて。ねえねえ、学年一緒なんだし敬語とか良いよ。折角だし一緒に寮戻ろう、あの馬鹿がまた来るかもしれないし」

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