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「ようこそいらっしゃいませ。いつもうちの結唯がお世話になっております、母の奈々=リーデンスです」
本日はどうぞゆっくりしていって下さい。
そう続けながら頭を下げて出迎えて下さったのは薄く透けた夏物の大島紬をさらりと着こなした妙齢の美女だった、目元には泣きぼくろがありとても艶っぽさを感じる。
「と、いうことでここが深雪が行きたがってたゆいいつでーす!」
「結唯はいっつも恥ずかしがってお店にお友達なんて連れてこんのに珍しくお願い!なんて言うから何かと思いましたわぁ。桃歌ちゃんはお久しぶりですね」
「はい奈々おば様、春先ぶりでしょうか」
「入学祝いの時にご両親といらっしゃって下さいましたもんねぇ。深雪さんと仰るのね、初めましてで宜しかったかしら?」
「は!はい!!穂な…五辻深雪です!」
「あら!貴方が五辻の、五辻社長はお元気ですか?」
「は、はい、元気だと思います」
「そうですか、今度はまたぜひ美沙子様や章義様方ともご一緒にいらして下さいな」
皆様に宜しくお伝え下さい。と話を切り上げると奈々さんは私達をカウンターの席へと案内して下さった。
中は都心のど真ん中・日本橋にあるとは思えない素朴な梁や漆喰の壁、椅子やカウンターの板材は木を切り出して作られたとても無骨なものだった。
しかしそれを和らげるように、椅子の上には錦織の美しい柄に包まれた座布団が敷かれていたり白色のランチョンマットの上にも手織りの折り紙の箸置きや彩りの和紙などが添えられたり、と店主のこだわりを感じる居心地のよい空間が作り出されている。
また大きな花器に活けられたダイナミックな生け花が一番目につく壁際に置かれていることで程よい高級感も感じる素晴らしい空間に仕上げられている。
「す…すごい……」
「えー?そう??」
慣れた様子で座る二人とあわあわと慌てる私。
やっぱり私はこういう場所はまだ気が引けてしまうなぁ。と、二人の落ち着きをみてしみじみ感じる。
「うふふ、そう言うて頂けたら店主冥利に尽きますわぁ。ほんなら順にお料理出させて頂きますね、深雪さん苦手な物とかあります?」
大丈夫です。と返事をすると奈々さんは頷いてキッチンへと向かった。
トントントン――、と規則正しい包丁の音と共に暫くして優しいお出汁の香りが漂ってきてお腹が空腹を訴えぐるる…と音を立てた。
桃歌がそれに気付いたのかお腹をつつかれ笑われる。
「さぁお待たせしました、一品目の自家製豆腐の茗荷餡掛けです。お熱いので火傷には充分気い付けて食べてください」
スプーンでそっと掬って口に運ぶと餡からぶわりと出汁の風味が広がった。
その次に豆の濃厚な風味が解けるように染み渡り、噛み締めた先から茗荷のさっぱりとした香りが口の中に吹き込む。
「ん〜!美味しい、流石奈々おば様のお料理だわ」
「うぅんいつも通りかなぁ、そんな有難がるレベルなのか分かんないや。深雪はどう?」
「…凄い、椎茸と鰹の他にあご出汁とあとなんだろう、知らない出汁の味がする。きのこ系だと思うんだけど」
「あら…深雪さんよぉ分かりましたね、最後の一つはヒラタケですよ」
「ヒラタケからもお出汁が取れるんですか!?」
「えぇ余り知られてないですけどちゃんとした風味の美味しいお出汁が取れるんですよ」
答えを聞いた上でもう一度味わうと確かに奥の方で深みを感じられた。
一口また一口と飲み込んでいくと気付かないうちに皿はすぐ空になってしまった。
もっと食べたい、と残念さを感じていると測ったように竹細工の籠に盛られた次のお料理が出された。
料理はたこの天ぷらと刺身の盛り合わせのようだ、天ぷらには他にそら豆と淡い桃色の何かが添えられている。恐る恐る口に運ぶとたこの衣からは山椒の風味が香り油っこさを消してくれる、そら豆の中にはチーズが挟まれていて噛むとじゅわりと口の中で絡む。
そして最後の桃色は驚くことに薄切りにされた紅生姜だった。
「生姜天…?」
「おっそれ美味しいよね!お母さん私もう一個食べたい!」
「結唯あんた次のお料理もあるんだからやめとき」
ケチ!と結唯は唇を尖らせる。
やれやれと首を振りながら料理をする奈々さんからはいつも通りのやり取りだということが見て取れた。
私が最後に母とそんなやり取りをしたのはいつだったろうか、保育園に入るまではそれなりに優しい母だったような気もするのだが―――
「さぁこちらが今日のご飯物の焼きおにぎり茶漬けになります、このもろこし味噌を好みで乗せて召し上がって下さい」
大変遅くなりました、結唯の名前が途中から間違っておりどちらに統一するか悩んでおりましたらこんなに期間が空いてしまいました。
悩んでいた間の書き溜め分は明日纏めて投稿致します、その後はまたいつも通り推敲期間に入ります。
どうぞよろしくお願いします。




