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五辻にお仕えして私も長いが、こんなに大奥様と坊っちゃまが楽しそうにしているのを見るのは初めてかもしれない。と、今日は何度思ったことだろうか。
仕事の絡む用がなければ滅多に本家のお屋敷に寄り付きもしない秀政様がトラブルを最速で片付けてこちらにいらっしゃった、それだけでも驚きの出来事であるのに大奥様が嬉しそうに手ずからお茶を注いで菓子を取り分け世話を焼いている。
あの、人嫌いで気に入った人間としか関わらないと方々に知られる大奥様が、だ。
その二方に挟まれおろおろとしながらお茶とお菓子をそれは美味しそうに食べる深雪お嬢様を見て一時はどうなるかと気を揉んだがどうやら杞憂に終わりそうだとほっと息を吐いた。
公家の流れを汲む旧家の中でも上位に名を連ねる五辻の家、その跡取りとして職務に励まれる坊ちゃんも結婚というものはどうにも上手くいかなかったようで、結婚なさったお相手はお子様連れ…余り釣り合いが取れてらっしゃるとは言い難いお相手であった。
しかし何を思われたか坊っちゃまはお相手である花絵様のお嬢様ごと引き取られると宣言され、親族会議を通して養子縁組までなされてしまった。
そうしてやってこられた深雪お嬢様であったが顔を合わせたことのある者はとても少なく、秀政坊っちゃまと花絵奥様の住まわれるマンションの手伝いに出向いている数名と久世家の当主とその息子兄弟以外にとっては謎の存在だった。
大奥様も何度か連れてくるようにとご連絡なさっていた様だが花絵様には不出来な娘を会わせる訳にはと躱され息子である坊っちゃまもお嬢様は入学したばかりで大変なのだから放って置くようにと苦言を呈される始末。
どうにかこうにかとムキになられて贈り物をなさってみたりもされたようだが、その日の晩に大層お怒りのご様子の坊っちゃまから電話があったと拗ねてらっしゃった。久世の当主も大奥様のお心を煩わせる訳には参りません。と頑として接点を絶たれ一体いつ堪忍袋の緒が切れるか…という所にその久世の当主を秀政坊っちゃまが不始末で退かせたとの報が入る。
全くの寝耳に水の出来事に慌てて情報確認に奔走しているとその久世家の兄の方から緊急の電話が入った、お嬢様の安全確保をとの事だったので大奥様のお耳に入れたところ嬉嬉としてわたくしを迎えにと遣わせて下さった。
あの時はもう心の底から使用人頭まで出世していて良かった。と思いました。
何を隠そう、わたくしめもお嬢様のことが気になって気になってしょうがない1人でございますので!!
そうしてお迎えにあがった先にいらっしゃったお嬢様は、きりりとした美しいかんばせを心細そうに困った様にまるで捨てられた子猫のように歪め、どうにか事態の収集を計ろうと大層お心を砕かれながらも力及ばず今にも泣き出してしまいそうな様子でした。
一目見てこれは大奥様もとっても気に入られるだろうと思いました。
お屋敷に戻ってみれば何処の姫様を迎え入れられるのかと言わんばかりの歓迎ムードで、用意されていた応接室もこの時期1番美しい芙蓉の間に板場で菓子を任されている遠野にこの数時間で全て一から作らせた普段は並ばぬ若いお嬢さん向けの菓子の山。
茶器も大奥様が手ずから選ばれたお気に入りのものに今用意出来る一番いい茶葉。
大奥様、本当にお会いしたくて楽しみでしょうがなかったようですね―――
「はぁ、次はいつ遊びに来てくれるかしら深雪さん」
秀政坊っちゃまの運転する車で屋敷を後にされるのを見送って大層寂しそうに大奥様が呟かれた。
大旦那様や坊っちゃま相手ですら見送り後にはさらりと屋敷に戻られてしまう大奥様なのだが深雪お嬢様の事は本当に気に入られたらしい。
「そうですね、次の長期休みですと夏休みでしょうか?」
「そんなに後になってしまうのね。息子の時は家に寄り付かなくてもしっかり勉強している証拠だと逆に安心したものだけど、これが孫効果というやつなのかしらね……」
艶やかに憂いを帯びた表情で頬に手を当て小さくを溜息を吐かれる大奥様は三十路を過ぎた息子が居るとは全く思えぬ美貌である。
その口から孫という言葉が紡がれる日が来るとは。
「でしたらまたお茶に誘われた如何でしょうか?きっと深雪お嬢様もお喜びになられるでしょう」
「そうね!次はお買い物にでも誘ってみようかしら!そうと決まれば早速予定を立てなくちゃね、八重!八重!」
先程までとは打って変わって嬉しそうに専属侍女を呼びながら中へと戻って行かれる大奥様の姿に大きく溜息を吐いた。
深雪お嬢様のことを考えると心苦しいがそう悪いことにはならないであろう、と心の中でお詫びを申しあげながら私も後に着いて中へと戻る。
私も急ぎ久世の当主がやらかしてくれた件の始末をつけなくてはならない、捨て猫のように困った顔をなさるお嬢様が少しでも快適に過ごせるお部屋を作る為1番良い家具を選ばなくては――――
これより13話からの推敲に入ります。
終わり次第更新を始めます、どうぞ宜しく御願いします。




