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よろしくお願いします、気が向いた時に手直しもせずにバババッと上げていきます。
ゴーン―――と、遠くで時間を知らせる鐘の音が鳴るのが聞こえた。
ダブルサイズにしては少し大きなベッドの上に寝転がった私は、ぼーっとベッドの天蓋を見つめて、特に何をするでもなく黄昏の落ちてくるままに部屋に居た。
少しの肌寒さを感じ身動ぎする、5月も頭がみえてこようかというこの時期でも山奥にある学園では少し肌寒さを感じる。
通常であれば快適に保たれている寮内だが、生徒達の殆どは授業に参加している時間帯であるし暖房が絞られているのかもしれない。
ふと窓際の特等席で寝転んでいた飼い猫が起き上がり耳をそばだてた。
「カヌレ…?」
一拍置いて部屋のチャイムがピンポン、と鳴り来客を告げた。
どうやら彼は微かな足音に反応したようで私の顔を見てにゃあ、と一鳴きして二度寝に入ってしまった。
「薄情者め、でも報告ご苦労さま」
渋々起き上がりふかふかの厚手のスリッパに足を通し、椅子に架けられていた柔らかなカーディガンを羽織った。
隣の部屋でアンティークな雰囲気には不釣り合いなインターホンを覗けばやはり見知った彼の顔が映っているのが目に入る、諦めて扉を開くとやはり整った顔を困ったようにしてそこに立っていた。
「寝ている所ごめんね、穂波さん、起こしたかな?」
「大丈夫、起きてました久世先輩」
とりあえず入れてもらっていいかな?目立つから、と申し訳なさそうにする彼を一瞥して扉の前を譲るとするりと体を滑らせて慣れたように備え付けのミニキッチンへと向かっていった。
扉が閉まったのを確認して彼を振り返ると、見舞いにしては大きな紙袋からあれやこれやと出している最中だった。
「先輩また、いつも気にしないでくださいって言ってるのに…」
「ははは、気にしない訳にいかないよ。深雪ちゃん最近またご飯減らしてるでしょ、見てたらわかるよ、成長期なんだからちゃんと食べなきゃ」
そういって温かいお茶のペットボトルを押し付けられダイニングテーブルへと追いやられてしまう。
家主は私なはずなんだけどなぁ
暫くカヌレを撫でて待っていると手際よくテーブルにご飯・お味噌汁・卵焼き・ほうれん草のおひたし、と食事が並べられて行く。
「はい、今日のメインはこれ、アボカドとマグロの和風ソテーだよ」
「今日も美味しそう…いただきます」
「全く、深雪ちゃんに当てられてる経費はどう見ても余ってるんだからもっと贅沢していいんだよ?僕が毎回こうやって母さんから食事持たせて貰えるわけじゃないんだからさ」
「はい…でも私は連れ子であって五辻家とは関係の無い人間ですから、学園に通わせて貰えてるだけマシですよ、元気なら食堂室で食事も食べられますしね」
「それも回数が最近減ってるって報告受けてるよ。深雪ちゃんもしかして奥様になにか言われたり―――」
先輩の言葉を頭を振り遮って否定すると、残りの食事を極力早い速度で食べきり席を立った。
「大丈夫ですから心配しないで下さい、五辻にも久世にも迷惑はお掛けしません。食器、また洗って返しますね。先輩もそろそろお部屋戻って下さいありがとうございました!」
不服気な先輩の背を押し追い立てるように部屋からだすと扉に鍵をかけて食器の片付けのためにキッチンに戻った。
そこには久世のお屋敷から持ってきたにしては不釣り合いな購買部で購入したであろう可愛らしい桜の生菓子が入っていて胸が小さく痛んだ。
「お金持ちってなんでこんなにみんな優しいの………?どうせ住む世界も違うのに、もうやだ…っ」
ズルズルと座り込む私にカヌレが擦り寄った。
この世界は残酷だけど少し優しい。