«17»
どうしてこんなことになったんだろう。と、昌輝はぼーっと乗り慣れないエコノミークラスの飛行機の中で考えていた。
時刻は午前0時…いや、到着する頃には夕方の4時か。
五辻本家の執事達によって秀政様の前に差し出された時は次期当主に指名でもされるのかと年甲斐もなくワクワクしてしまった。
今思えばどう考えてもそんな訳があるかと分かるはずなのに―――
「何故お前達が呼ばれたか分かるか」
長い足を優雅に組み直してこちらを見据える秀政様は問い掛けているようでいて問い詰めるような圧を感じる。
「父の解雇を撤回して貰えるのでしょうか?それとも次の当主の選定ですか…?」
真っ青な顔で両の手を強く握りしめ黙り込む兄を他所目に恐る恐る発言すると冷たい瞳が射抜くようにこちらを見た。
幼い頃から仕えるべき人として見てきた秀政様のどの瞳とも違う、殺される、と本気で思った。
父に連れられ何度も訪れたことのある筈のこの社長室が全く知らない場所のように感じられる、恐ろしくなって俯き床を見つめていると沈黙を破るように扉がノックされて秘書の大山さんが入室してきた。
「お待たせ致しました社長室、手配の方は恙無く完了しました」
「…そうか」
「秀政様!どうかこの度の事お許し下さい!!弟はまだ精神的にも幼く事態もまだ把握しきれていない始末、責任は私にもあります!」
「それは久世の家の者でなければ通用した言い訳であったろうな、残念だがもう決定されたことだ」
「秀政様も、兄さんも一体何の話をしてるんだよ!俺が何したって言うんだ!!」
「…まだ分からないのか昌輝」
困った顔をして俺を見る兄には諦めが浮かんで居るようでえも言えぬ不安が襲ってくる。
秀政様は連れて行け。と言うと書類に視線を戻しこちらには目もくれない、兄はそのまま残され大山さんに促され俺だけが部屋から出されて何処かへと連れて行かれる。
どうして。
悔しさでクソッ、と吐き捨てると先行していた大山さんが立ち止まりこちらを振り返った。
「まだ理解されてないのですね、昌輝くん」
普段顔色一つ変えない大山さんが困った顔をしている、誰も彼もがいつもとは違う顔をして自分を見ている。
困ったように、見捨てたように、諦めたように。
「な、何が…」
「君は社長の掌中の珠に手を出してしまったんですよ」
「掌中の珠?」
「ええ。そもそも深雪様はご結婚と共に養子縁組され既に五辻のご家族に名を連ねるようになりました、家系図にも正式に書き加えられたと聞いています。にも関わらず分家に当たる久世家の貴方方が本家の決定に不満を示し御息女となられた深雪様に噛み付かれた…この意味が分かります?」
「べ、別に俺は五辻に噛み付いた訳じゃ…、そもそもあいつは連れ子だし血が繋がってないから正式に五辻の人間にはなれないって聞いたし……」
「その話はどなたが?」
「うちのメイドの優花だけど」
「そうですか、しかし事実は異なった。現五辻当主たる五辻秀政の決定に意を唱える行動を許される理由にはなりません。深雪様が学園で旧姓を名乗らさせられた事、五辻の娘とは思えぬようなお部屋を宛てがわれた事、手を煩わせるな等と格下である久世に窘められた事、社長は大層お怒りです」
「そんなつもりじゃ……」
そんなつもりじゃなかった。で許して貰える程君は甘い立場に居なかった事を理解すべきでしたね。
そう言ってまた歩き始めた秘書の後を、俺はただ黙ってついて行く事しか出来なかった。何をしてしまったのか、今になってやっと、事態を把握する事が出来始めてきた。