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いつも通りのダイニングは母の啜り泣きと父の絶望を湛えた表情、昌輝の今にも暴れだしてしまいそうな怒りによって平和とは言い難い空気に包まれていた。
大事な話があるとGWの休暇明け早々に呼び戻されて家へと戻ると、出勤したはずの父が座敷で僕らの到着を待っていた。
一体大事な話とはなんだと身構えては居たが父の口から語られたのは予想を大きく上回る内容で、僕も思わす呻き声を上げることしか出来なくなってしまった。
「クソッ!あのアマ…!!」
「やめないか、昌輝」
弟を窘めるその声はいつもの厳格な姿からは想像もできないような弱々しいもので、それすらも家族の間に重りのようにのしかかる。
朝早くに五辻ホールディングスの社長室に呼び出されという父はその場で秀政様に首を宣告されたそうだ。
父も思わず食い下がったそうだがうちの娘が随分手厚い歓迎を受けたようだからこちらも是非ともお礼がしたいだけだ。と素っ気なく返されたとの事だった。
五辻の事を考えての行動であったが私は何かを間違えてしまったのだろう…
そう言って父は肩を落としている。
確かに僕も父に命じられるまま深雪ちゃんを監視し、五辻に仇なす行為がないかなど逐一報告を上げてはいたが、彼女自身を見る限り父は少しばかり彼女を警戒し過ぎているのではないか。とも感じていた。
五辻を補佐する立場である久世の当主の父がその様な考えだというのはうちの使用人達にも自然と伝わっていき、帰省中には彼女を見たことも無い筈のうちのメイド達が淫乱の娘だ卑しい血だなどと姦しく話しているのを聞いてしまった。
確か彼女の寮の部屋も父が我が家の者に命じて整えさせていたと記憶している、幾ら五辻に連なる者だということを隠して入学しているとはいえ、あの部屋は…ただのいびりでしかない――
「父さん、それでは次の当主はどうなるんですか?秀政様は何か仰っておいででしたか?」
「は...?兄貴もふざけるなよ!こんな話受け入れるってのか!?」
「しょうがないだろう。久世は五辻に絶対服従、五辻の影でなくてはならない、五辻の当主である秀政様がそう仰られたなら僕らに拒否権はないんだから」
「んな事言ったってどう考えてもあのブスが何か吹き込んだに決まってるじゃねぇか!!捕まえてシメ上げて秀政様に謝らせれば良いだけだろうがよォ!!!」
「勝手な憶測で話を進めるな!何処にそんな証拠がある!!」
「そっちだってあの女の肩を持ち過ぎだろッ!どうせ兄貴もあの淫売の娘に誑し込まれたんだろ、なぁ!!!」
「二人とももうやめて…」
立ち上がりヒートアップして喚く僕らに母が両手で顔を抑えながら悲鳴のような声を上げた。昌輝はそれを見てはっ、となると荒々しく扉を開け飛び出していってしまった。
弟は中学生に上がった頃からおかしくなってしまった、父の話も僕の話も殆ど聞いてはくれない。
女性を取っかえ引っ変え連れ回しては帰りも夜遅く日付が変わってからだ。授業にも度々遅れて出ていると先生達からもよく聞かされている。
いつもであれば怒る父も項垂れただ下を見るばかり。
これでは埒が明かないと首を振って僕も席を立つことにした。
「父さん、週末また来ます。それまでにどうにか秀政様ともう一度お話する機会を設けておいて下さい、次は僕も同席させて頂きますから」
「お前が行ってどうするんだ?」
「僕は深雪ちゃんをここ1ヶ月ずっと見てきたんですよ?彼女は何かを影で言含めるような子ではありません、とりあえずは戻って彼女にも状況の確認をとってきます」
それは、いや…そうか……。と、消え入るような声の返事を聞いて僕は通夜のような家を後にした。
学園へと車を回させ急ぎ戻ると一つ下の学年の彼女を探せばやはり仲のいい同級生達と居るのが目に入る、彼女に事情を聞けば本当の話が分かる筈だ。
この時はそんな程度にしか物事を考えていなかった―――