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用意されていたふかふかの座布団に座り少し待った頃、美沙子さんが数名のお手伝いさんと一緒にお部屋へと入ってこられた。
お手伝いさん達は1枚板の重厚な座敷机に所狭しと華やかな菓子を並べ、美しい錦模様の茶器に香り高いお茶を注いでから礼をとって退出していく。
「さぁ深雪さん、どうぞお好きなものから召し上がってね」
「は、はい!いただきます…」
先ずは。と、お茶に口をつけると緑茶の香ばしさと爽やかさの調和のとれた美しい香りが口いっぱいに広がる。
そこで改めて並べられた菓子に目を向けると練り切りに柑橘のゼリーに豆大福、どら焼きや鈴カステラ、すあま、抹茶のケーキまで並んでいてどれから口を付けようか本気で悩む。
少し思案した後どら焼きを選んで口をつければ中身は餡だけではなくしゃきしゃきとした食感と甘酸っぱさが主張するレモンピールが練り込まれているのに気が付いた。
「美味しい!」
「それは良かった!板場の者も喜びましょう」
「このお菓子は五辻のシェフの方が作ってらっしゃるんですか?」
「ええ、菓子類も食事も全部一人で統括している料理長が居るのよ」
美沙子さんはこちらを見ながら艶やかに微笑んでお茶を口に運んでいる。
こんなに美味しいたくさんのお菓子、どこかのお店のものかと思ったのだが流石五辻といったところだろうか、そんな優秀な料理人さんが居るなんて。
「そういえばこちらで勝手に用意してしまったけど苦手なものはなかったかしら?」
「はい、どれも美味しいです!」
幾つかのお菓子を堪能した頃、思い出したよう美沙子さんに問いかけられる。
艶やかに微笑む姿から気を抜けずに居たがこれはフレンドリーに受け入れて下さっていると判断してもいいのだろうか?
「なら良かったわ、沢山お食べになってね」
「ありがとうございます」
「良いのよ。それより学園では不自由してらっしゃらない?」
「とても快適に過ごさせて頂いてます。あと、素敵なお洋服も頂いてしまってありがとうございました、お礼が遅くなってしまって本当にすみません」
「うふふ、むしろご迷惑じゃなかった?あの子には後から怒られちゃったのよ」
「全く!いつも制服ばかりだったのでとても助かりました!」
なら良かった、今日も用意させているから良ければ持って帰って頂戴ね。女の子のお洋服は楽しくて少し買いすぎちゃったの。と、優雅に恐ろしいことをさらりと言われえ、と脳が一瞬停止する。
あれだけ頂いたのにまだ用意されているそうだ、寮の部屋のクローゼットに入り切るのだろうか。
「…奥様お嬢様、失礼致します庄屋で御座います」
それからも暫く他愛もない話を重ねながらお菓子に舌鼓を打っていたら襖の向こうから先程別れた庄屋さんに声を掛けられて意識が菓子からそちらへと向いた。
美沙子さんが了承の声を返すと入ってきたのは庄屋さんだけではなく先日見たばかりのすらりとした長身に美しく着こなされたスーツ姿、秀政さんも居ることに気が付いた。
「あらもう用事は終わったの?」
「ええ、貴方が深雪まで呼び出したと聞いたので慌てて終わらせましたよ」
やれやれ、といった様に首を振ると秀政さんは私の隣へと腰掛けた。
「父さんはどうしたんですか」
「今日は会食よ、バレたらきっと羨ましがられちゃうから内緒にして頂戴ね?」
「全く…深雪、すまなかったな突然で驚かせただろう」
「あ、いえ、…ちょっとだけです」
驚かなかったとは流石に言えずに付け足すと困った顔で頭をポンポンとされ空いていたお皿に菓子を追加された。
これは食べろということだろうか?
困惑している間に庄屋さんがお茶のおかわりも注いでくれてすっかりお茶の続きが再開されてしまった。
「母さんも全く、こんなに菓子を用意させて遠野の都合も考えてやって下さい」
「あらいいじゃない!遠野も喜んで作ってたわよ、若い娘さんにお菓子を作るなんて新鮮だって」
「使用人ぐるみで随分と手厚い歓迎ですね」
「それだけ皆さん深雪さんが気になってらしたのよ、ねぇ庄屋?」
話の水を向けられた庄屋さんはにっこりと笑ってええ、ええ、とそれは嬉しそうに頷いている。
どうやら本当に歓迎されていると考えて良さそうな気がしてきた。