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不意に静まり返ってしまった部屋にコンコン、と扉を叩く音が響いた。
誰もが返答に困っていると少し間を置いた後二度目のノックの音が響き渡り思わず、はい!と返事をしてしまった。
失礼します、と前置きをして入ってきたのは何処かで見た事のある筈だがどうにも思い出すことの出来ない初老の男性だった。
パリッとしたシャツにハリのあるジャケット、美しくプレスラインの入ったスラックスが几帳面さを醸し出している。
芳樹は彼を見て慌てて立ち上がると背筋を伸ばし顔色を青くしている、昌輝もなんで…と呟いて呆然としている様から察するに五辻もしくは久世の関係者の方なのだろうか?
「皆様ご歓談中大変失礼致しました、私五辻本家にて使用人頭を務めさせて頂いております庄屋と申します。芳樹様、昌輝様、坊っちゃまがお呼びです。それから、深雪お嬢様も」
「私も、ですか…?」
思わず聞き返すと優しい笑みで頷かれる。
「はい、お嬢様に関しましては美沙子大奥様がお呼びです」
美沙子大奥様、って…と記憶を掘り起こすとこの間贈り物をして下さったお祖母様だということに思い至る。
久世兄弟はというと二人とも青い顔で放心している、何かを察してくれたような様子の結唯と桃歌に帰ってきたらまた。と約束をして庄屋さんに案内されるままに学園を後にした。
4月の入学から約1ヶ月ぶりの外だ。
車種はハリアーだったか、私の方は穂波の家でも従兄弟達が使っていた高そうな車に乗せられ久世兄弟とはそこで離れてしまった。
秀政様がお呼びです。と庄屋さんも言っていたので二人は別の場所に向かうのかもしれない。
その庄屋さんはというと前の助手席に座っている。
「あの、私やっぱり処分されたりするんでしょうか?」
「…処分、でございますか?」
不安から口をついて出た言葉だったが庄屋さんからは困惑気に聞き返される。
「五辻の家と関わりがある事は周りにバレないようにって言われていたのに今日バレちゃったので……」
「お嬢様、奥様のお気持ちを私が代弁することは出来ませんがそう心配なさらなくても大丈夫で御座いますよ」
庄屋さんの不思議な雰囲気に緊張も少しずつ解され、気を使って頂いたのか他愛もないようなお話をして車に揺られること数時間、都内とは思えない大きく立派な門構えを潜った。
その後も車は長い敷地内の道路を進んで行くとこれまた大きく古めかしい、重厚感ある日本家屋の前でやっとゆっくりと停車した。
運転手さんにドアを開けられて降りると地面に敷かれた玉砂利がじゃりじゃりと音を立てまさに和、という雰囲気を醸し出す。
「ようこそいらっしゃいました深雪さん、お会い出来るのを楽しみにしてましたわ」
そういって美しく微笑む女性、見た目からは年齢が一切察することの出来ないその方こそ秀政さんのお母様の美沙子様なんだろうと理解した。
「初めましてご挨拶が遅れまして申し訳ありません、穂波深雪です」
「あら…違うわ深雪さん、苗字が変わったばかりで慣れないかしら?穂波じゃないでしょう」
「えっ、あ…、えっと、五辻深雪、です……」
「ええ、初めまして。五辻美沙子です、突然お呼びだてしてごめんなさいね遠いところお疲れでしょう、お茶でも飲みながらゆっくりしましょうね」
有無を言わせぬ圧を感じ慌てて言い直したが納得して貰えたようだった。
その後は成されるが儘、庄屋さんと幾人かのお手伝いさん方に促されて屋敷へと足を踏み入れてしまった。
使い込まれた深い飴色の床と柱、畳のい草の香りとお茶のようなお香のような香りが胸いっぱいに広がっていく。
そうして庄屋さんが先導して下さり案内されたお部屋は、お屋敷からしては慎ましやかな生け花が飾られ窓からは池と藤の花が見渡せるとても上品なお部屋だった。
GWの為更新速度が落ちております、申し訳ありません。