«10»
父は嵐のように突然やって来て嵐のように早足で去っていった。
帰り際にお父さんと呼んで欲しい。と撫でられた頭を思い出す。誰かに頭を撫でてもらうのなんて何年ぶりだろう。
穂波に居た頃は本家の離れで母と二人暮しで祖父にも祖母にも余り会うことは無かった。実の父のことは顔も何も知らないし、母は毎日寝ているか香水と化粧の匂いをさせて何処かへ出掛けているかのどちらかだった。
「おと、うさん…」
口に出して言ってみたが照れくさいようなむず痒いような摩訶不思議としかいい様のない感情に埋め尽くされる。
正直嫌われているんだと思っていた。
しかし今日改めて接してみて分かった。
無口で寡黙なだけであの人はちゃんと私自身と向き合い接してくれている、終始私を気にかけてちゃんと話を聞いてくれていた。
学園に入るのが決まった時、久世さん…久世先輩のお父さんは五辻にとって不要だから学園で大人しくしているように。と秀政さんからの伝言だって言っていたけど実際はまた別の何か思惑があるのかもしれない。
隣で大人しく撫でられていたカヌレはにゃーん、と可愛らしく鳴いてベッドから降りると、腰掛ける私の足に擦り寄ってからどこかに行ってしまった。
秀政さ…お父さんから言われたように彼の為にキャットタワーでも買ってあげよう。
穂波から母の暮らすマンション、そして学園へと私について転々とさせてしまったお詫びも兼ねて。