«9»
この状況をどう処理するか頭を回転させて考えこんでいると隣に立つ深雪からぐうう。と可愛らしい音が響いてきた。
「あっ!」
「夕食はまだなのか?」
本に夢中で1日食べてなくて…と真っ赤になって謝る深雪を見て自分も食事がまだだったことを思い出した。
「いやいい、この時間なら食堂がまだ空いてる筈だな。私も久々にここの食事が食べたい気分だ」
彼女に案内されて向かった女子寮棟の食堂室は自分が在籍していた男子棟とほぼ変わらない落ち着いた様相にほんの少しだけ可愛らしさを足したような場所だった。
腕の時計は九時前を指している、流石に並べられているメニューは縮小されているがまだ幾人かの使用人とコックが残っている様でこちらに気付いて頭を下げている。
「…懐かしいな」
「秀政さんはここの卒業生だったんですか?」
「あぁ、居たのは二十年近く前だがな」
驚きの表情を浮かべる彼女と給仕に手渡された皿に適当な物を盛っていく。ふと振り返ると深雪の持つトレイの上の皿は既に二枚も山盛りになっていて三枚目の皿に差し掛かっていた。
流石成長期というやつだろうか、同世代の子達と比べてもかなりほっそりしている方だったので少し心配していたがこれなら安心だろう。
二、三人がまばらに残る室内の窓際の席に陣取った。
深雪は綺麗に食事を端から平らげていく。一口一口に顔全体で美味しさを表現しながらコロコロと表情が変わるのが見ていてこちらまで幸せになるようだ、日々面倒な会食続きでこんな風に穏やかな食事を取るのはとても久々に感じる。
「…学園では不自由していないか?」
「ん、はい。先生も同級生も皆優しくして下さるし施設もとても充実していて毎日本当に楽しいです」
「そうか、なら良かった。小遣いは足りているか?」
「お小遣いは、前も言ったように多すぎます」
「しかしたった10万だろう?女の子なんだから友達と遊びに行ったり今はネットショッピングなんかしていればすぐ無くなってしまう金額だろう」
「お買い物に行くには駅まで遠くて…それに必要なものは全部用意して貰ってますし余り甘えては母に叱られてしまいます」
叱られる、そう言いながら尻すぼみに声は小さくなり食事のお陰か高かったテンションもみるみる間に萎んでいった。
あの女はまた無駄な事を言ったようだな。
「…深雪。お金は使わなければ腐ってしまう、使ってこそ生きるものだ」
「腐る」
「そうだ。使えばその分だけ入ってくる、それがお金であり経済を回すと言う事だ。花絵には私から話をしておくから君は気にせずに使うといい」
「でも、必要なものとか欲しいものとか思いつかなくて」
「そうだな…なら可愛い君の相棒に新しい寝床でも買ってやるといい、玩具でも良いかもしれないな」
真面目に考えて答えたつもりだったのだが深雪はそれを聞くとくすくすと笑ってまた笑顔を浮かべた。
一体何が面白かったのか知らないが楽しそうで何よりだ。
「母からの手紙だが、驚かせたようで済まなかった。顔を見たがってるのは本当なんだ、私も何度か連絡を貰ってる」
「そうだったんですね」
食事も済ませて一息つきながら本題に入る。
あのような強行手段に出たということはこれは本当に一度顔を見せないと気が済まないだろう、母は筋金入りのお嬢様育ちのせいか少し我儘な嫌いがある。
「私も出来るなら1度ちゃんとお会いしてお洋服のお礼を言いたかったのでお会い出来るなら嬉しいです」
「そうか、気を遣わせて済まないな。好みも聞かずに服なんか押し付けて母もまったく…」
「気にしないで下さい、元々穂波から持ってきた荷物も殆ど無くて本当に助かったんです」
「それ言って貰えたら私も気が楽だ。母に関してはまた折を見て連絡する、さぁそろそろお暇させて貰うとするよ」
深雪は玄関ホールまで見送りに来てくれた。
帰り際最後に深雪の頭を撫で、次は父さんと呼んでくれたら嬉しい。というとびっくりした表情をした後に照れ臭そうに笑ってくれた。
待たせていた車に乗り込むと運転手が滑るように車を発進させていく。
社に戻ったらまずは幾つか確認しなければならない事があるようだ―――