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  初めての街での生活は、決して恵まれたものでは無かった。

 学費は免除されるが、遠縁の者を保証人に安い下宿に入ってもアルバイトをしなければ食べる事もままならない。

 休みなく勉強とアルバイトをこなし、なんとか最低限の生活を送っていた。

 転機が訪れたのは二年目に入って直ぐ、僕の魔力の属性が判明して、それがまた稀有なものだと判ったからだった。

 振動系の魔法。

 それも飛びっきり強力で繊細な魔力制御が可能とあっては、他に類を見ない程だと教授に言わしめるほどだった。

 それもあって、安い下宿から学校付属の寄宿舎に入る事が叶い、生活にゆとりと余裕が生まれた。何よりうれしかったのは、友達が増えたことだ。


「アルトは卒業したらどうするんだ? 故郷に戻るのか?」

「父は猟師なんだ。だから戻っても後を継ぐつもりは無いし、こっちで店でも出せたらなって思っている」

「なら、援助してあげようか? 父に頼めば後ろ盾にもなってくれると思うよ」

「いえ、私の家が援助してあげましょう。だから、将来は私と……」

「ぜひ私にアルトさんの将来を手助けさせてください」

 男友達から聞かれた質問に答えたら、周りの女の子がやたらと食いついてくる。寄宿舎に入っているのは貴族や商家の子がほとんどで、田舎者の僕なんかと釣合が取れるわけが無いのだけれど、良くしてもらっていた。

 特に女の子に人気なのは、珍しいお菓子なんかを作ってあげているからだろうと思っていたけれど……。

 男友達には「選り取り見取りだな」って言われてしまうが、ここで特別な子を作るつもりは無い。

 あの日から、僕の特別はアンジュだけなのだから。

 離れている間に、アンジュに好きな人が出来ていたら諦めるが、そうでなければこの街で一緒に暮らしたいと思っている。ゆくゆくは結婚して家庭を築きたい。


 卒業を間近に控え、一人の女の子から告白を受けた。僕にとっては迷惑以外のなにものでもないのだけど。

「あの、アルト君。私ね、入学した時からアルト君が好きだったの。だから、私とお付き合いしてもらえないかしら。どんなお店を出したいのか知らないけれど、父に言って立派なのを用意してもらうから」

「ごめんね。僕のやりたい事も知らない子に告白されても嬉しくないよ。それに、僕には特別な子がいるんだ。もしかすると待ちきれなくなってしまったかもだけど、今の僕には彼女しか特別な子はいないんだよ」

 この事は、翌日には学校中に広まっていて、相手探しまで始まってしまう。

 しばらくすれば落ち着くかと思って放置していたら、村に住む女の子の一覧を突き付けられるに至って、ほっとく事ができない事を実感する。

「村の子でも無いよ。だからと言って、断る口実で行ったわけでも無い。もうほっといてくれないかな。そんな事をされると、印象が悪くなるって気付いてほしいんだけど」

 そして、事件に発展してしまった。


 告白をしてきた子と、その子に好意を寄せる子達の魔法が僕を襲った。

「アルト! 私を馬鹿にした報いを受けなさい!」

「そうだ! ミランダ嬢を侮辱した罪、思い知れ!」

 それは、戦時下においてのみ人に使う事の許される、攻撃用の火魔法。

 四方から発せられたそれは、僕を中心に渦を巻き荒れ狂い、術者をも巻き込んで燃え上がった。

 そこが学校内であった事が幸いし、直ぐに対魔法をもって沈静化された。幸いな事に僕は怪我ひとつせず事なきを得たけれど、最悪は死んでいたかもしれない攻撃魔法に、学校中は大騒ぎになってしまった。

 最後には国が間に入る形になって、示談が成立した。莫大な慰謝料と王都に店舗兼住居の一軒家を貰ったのだ。

 近くには警護兵の詰所もあって、安全上も問題ない場所なだけに、申し訳ないと思う気持ちは押さえつけてしまった。

 それだけ僕の稀有な魔力を国が手放したくないのだと、否が応でも感じてしまうが、アンジュと住めるならば安全に越したことは無いのだから目を瞑ろう。


 学校を卒業した日に実家へと帰ってきた。

「ただいま」

「お帰り。ずいぶんと立派になったね。母さん、鼻が高いわよ」

「仕事は決まったのか? 父さん達の事は心配ないから、自分の好きな道を選ぶんだぞ」

 迎えてくれた両親は、別れた時と変わらず元気そうだった。家も何ひとつ変わっておらず、僕の部屋も出て行ったのが昨日の様に綺麗にされていた。

 もっとも、両親ともに四十前半だから元気でなければ困ると言うものだ。

「ありがとう。王都に家を頂いたから、そこで店を開こうと思っている。父さん達も一緒に生活できるくらいには広いから、働けなくなったら一緒に住めるからね」

「家ってお前、どうしたんだそんなもの」

「ちょっとゴタゴタが有って、詫びとして貰ったんだ。大丈夫、国が間に入ってくれたちゃんとしたものだから。それより、ちょっと出てくるね」


 三年振りに訪れた秘密の場所は、アンジュと別れた日のまま残っていた。

 入り口に近付くと、中から人が出て来る。

 透き通るような銀の髪と藍色の目、綺麗な白い肌はあの頃と変わらず、それでも三年の月日を物語る様に美しく成長した彼女がそこに居た。

「ただいま、アンジュ。元気にしていた?」

「おかえりなさい、アルト。やっと会えた」

「うん。僕も君に会いたかった。君を守れるようにって、この三年間を頑張ってきたんだから」

「……」

 何故だろう。あからさまに表情が曇って黙ってしまった。やはり、心を通わせた人が出来たのだろうか。三年間は長かったのだろうか。

「あの。中に入っても良い? 君に話があるんだ」

「えぇ。私も貴方に謝らないといけない事があるから」

 やはりそうなのかと落胆するも、表情は崩さずに中へと入る。


 そこは、出て行った時とは比べられない程に変わっていた。

 壁際には薬の材料なのか小瓶や子引出しが並び、ラグの中央には作業台と薬の調合に使う機材が置いてある。

「薬の調合は、ちゃんと出来るようになったみたいだね」

「うん。ここで作業をするようになってから、少しずつ失敗しなくなってね。ここ一年くらいで急に上手にできるようになったの。母も喜んでくれているわ」

「そっか。お母さんとは上手くやっているの?」

「三年前が嘘の様にね。アルトはどうだった?」

「僕は友達も結構できたし、上の人にも認められているよ。王都にね、家をもらったんだ。だから君さえよければ……」

 そこまでしか口に出来なかった。アンジュが涙を流し始めてしまったからだ。

 やはり、そう言う事なのだな。

「君にとっては、三年間は長かったのかもしれないね。好きな人が出来たのなら、僕はもうここには来ないから、君が使ってくれ」

「違うの。違うのよ。私はアルトの事が好き。初めて会ったあの時から大好きなの。でも、アルトが私を好きなのは嘘なの」


 いきなり何を言い出すのかと驚いたけれど、僕の気持ちが嘘だと言われると憤りを感じる。

「なぜ君は、僕の気持ちが嘘だと言うんだ! 泣くほど嫌いなら、ハッキリ嫌いだと言えばいいじゃないか!」

「違うの。アルトも気付いているのでしょ、私が魔女の村の人間だって」

「気付いているよ。魔術を習って貴族などとも話をすれば、おのずと魔女の村の話は耳に入る。場所がこの森の中だと知れば、森にいた君の事も解るさ」

「私はあの日、アルトに魔法をかけてしまった。私を好きになってくれる様に魅了の力を、使ってしまった。この三年間、それを解く方法を一生懸命探したけれど、どうしても解く方法が無いの。ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 釈明を聞いて、僕の気持ちが嘘なのだと言ったアンジュの言葉の意味を理解した。もっとも、彼女の言葉を信じるつもりは毛頭ない。

「そうか、だから僕の気持ちが嘘だと言うんだね」

「はい」

「僕の事が好きならば、黙っていればよかったのに。僕のプロポーズを受けてしまえばよかったんだ」

「そんな事できない。貴方のそばに居ることは許されない」

「それは、君が苦しいからだろ。良心の呵責に耐えられないからだよね」

「そうかも、しれない」

「その呵責が取り除けるなら、僕と結婚してくれる?」

「それは……」

 戸惑っているアンジュに、君の魔法なんて掛かってはいないのだと解らせてしまえば済むのだろう。


「本当に僕に魔法が掛かっているなら、君の指示に逆らえないんだよね」

「そう。強く念じれば、あらゆる感情も行動も自由にできるわ」

「なら、僕に命じてみればいい。ここから出て行き、二度と目の前に現れるなと」

「それだって、私を思う偽りの気持ちは消えやしないわ」

「だからやってみればいい。僕は君の魔法になんて掛かっていないんだから」

 さすがにその言葉は侮辱と取った様で、立ち上がって睨み付ける様に命令を口にする。

『今すぐここから出て行きなさい』

 僕はゆっくりと立ち上がり、出口では無くアンジュの方に歩み寄る。

『出口は向こうよ。早く出て行きなさい!』

 それでも僕がゆっくりとアンジュに歩み寄るものだから、彼女は二歩ほど後ろに下がる。

『来ないで! 向こうに行って!』

 目を見張って強く言われた言葉を、僕は無視し続けてアンジュを抱き寄せる。

「なんで? なんで効かないの? 離れて!」

「だから言ったじゃないか、君の魔法になんかかかっていないと。これから僕は君にキスをする。嫌だったら顔を背けてくれ」

 ビックリした顔で僕を見たアンジュだったが、キスと聞いてビクッと体を強張らせる。それでも、そっと顔を近づけて行くと、目を瞑ってそっと口を閉じた。


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