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 その日の僕は些細な事から両親とケンカをして、森にある秘密の場所にやって来ていた。

 その場所は村外れの森に入った少し奥に在って、村の誰も知らない僕だけの場所だった。その日までは……。


 カモフラージュ用に入り口にかけていた蔦を退かしていると、微かに泣き声が聞こえてきた。その泣き声は徐々に近付いてきていて、木々の間から幼い女の子が見え隠れしている。

 僕の村の子ではないので、森の向こうにある村の子なのだろう。そうすると、かなりの距離を歩いて来た事になる。


「お~い、迷子か~」

 いきなり近づいて驚かすのも可哀想なので、ゆっくり近づきながら大声で聞いてみる。

 すると女の子はビクッとして立ち止まり、当たりをキョロキョロし始めた。

「こっちだよ、こっち。君の右手の方だよ」

「あ!」

 どうやら僕に気付いた様で、下枝や蔦をかき分けながらこちらに駆け寄ってくる。

 頭ひとつ分低い背丈から、歳は僕より少し下だろうと思う。白い肌に藍色の瞳、透き通るような銀の髪を肩まで伸ばした可愛い子だった。

「君は迷子かな? それなら休める場所に連れて行ってあげるから、僕に付いておいで」

 笑顔を見せて手を差し出すと、コクリと頷いて手を握ってきた。


 少し狭い入口を通れば、奥は一般的なリビングほどの広さがある。そこにはラグが敷いてあり、壁際の棚には保存食や飲み水が並んでいる。

 全て僕が用意したもので、一週間くらいなら生活できるくらいには整っている。

「とりあえず座って。えっと、水でも飲む? お菓子もあるよ?」

「お水、ください。お菓子も、いい?」

「いっぱい有るから大丈夫だよ。遠慮しないで」

 水の入ったカップとお菓子をトレーに乗せ、女の子の前に置くと不思議そうな顔をする。それでもお菓子を手に取り、一口含むと驚いた顔でお菓子を凝視して、全て食べきると満足そうな表情を浮かべる。

 行商から買ったものだけど、彼女の家には無いのだろうか。裕福な家の子で、こんな粗末なものは口にした事が無いのかもしれない。確か村長さんの息子が、怒られるから食べたことが無いと言っていた。


 水を飲み終わって落ち着いたようなので、なんで森の中で泣いていたのか尋ねてみる事にした。

「僕の名前はアルト。君の名前は? どうして泣いていたの?」

「私、アンジュ。ママ、が怖くて。調合、出来ないし。家、帰りたくない」

「そっか。僕もね、両親とケンカしちゃって。ここなら安全だし、少し考える時間が欲しかったから来たんだ」

「アルト、も仕事?」

「来年、十三歳になるからね。両親は、このまま村に残って家業を継いで欲しいらしいけど、僕は魔術師になりたいんだ。せっかく魔力があるんだから、みんなの役に立ちたい」

 この世界で魔力を持つ者は少なく、魔術師になれば裕福な生活も出来るし仕事にあぶれるような事は無い。それでも、魔術師になるには誰かの弟子になるか学校に通う必要がある。

「アルト、も魔力、あるんだ。私、も有る。でも、上手く使えない。だから、怒られる」

「そっか、お母さんに教わっているんだね。僕の村では、教えられるような人は居ないんだ。だから、離れた所に在る学校に入りたいんだけど反対されていて」

 一定以上の魔力が有れば街の学校に入る事が出来て、学費は免除されるけど生活する費用は自分で用意しなければならない。

 街にツテでも有れば住み込みで働かせてもらう事も出来るだろうけど、残念ながらそのツテが僕には無いのだ。


「アルト、遠くに行く?」

 アンジュが急に悲しそうな表情を浮かべ、僕の袖を掴んで聞いてきた。

「行くとしても、直ぐにじゃないよ。それより、お母さんが心配しているんじゃないかな? そろそろ帰った方が良いよ。途中まで送ろうか?」

「アルト、は?」

「僕は明日帰る。今日はここに泊まっていくよ」

「私も、いい?」

 ラグの上でゴロ寝だから狭いとかは無いけれど、男女が二人きりで夜を明かすのは問題があるんじゃないだろうか。不埒な事をするつもりも無いけれど、問い詰められて噂になれば不利になるのは女の子の方だ。

「その、僕は男なんだけど」

「知ってる。十二歳までは、問題ない。私、十一歳」

「なら晩ご飯を食べて、早めに寝よう。明日は早く起こすからね」

 鍋にジャガイモやニンジン、玉ねぎ、干し肉を切って入れ、水を張って手をかざす。手のひらに魔力を集めると鍋の水が沸騰し、しばらく続けていると野菜が柔らかく煮崩れてスープが出来上がる。

 最後に調味料で味を調えて、固いパンと一緒にアンジュに差し出すと、ジッと見ていた彼女は黙って受け取った。

「僕の魔力は火の属性らしくてね、こうしてお湯を沸かしたりできるんだ」

「すごい。私、は無理」


 食事を済ませると、闇が支配し始める。

 熱を加えられるのに火が熾せない中途半端な魔術のせいで、横穴になっている秘密の場所は真っ暗闇になってしまう。

「手、繋いで」

 暗闇は怖いのだろう。アンジュに言われるがまま手を繋ぎ、ゆっくりと眠りについた。手のひらに伝わる温もりが、心地良かったせいかもしれない。

 ずいぶん深く眠っていた様で気付かなかったけれど、朝方に目が覚めるとアンジュが僕の腕を枕にして、体を密着させて寝ていた。寒くはなかったはずだけど、怖かったのだろうか。

「アンジュ、おはよう」

 起こすのも可哀想だと、日が昇るまでそのままの体勢でいたけれど、さすがにこれだけ密着されていると恥ずかしくなるので、声をかけて起こしてみる。

「ん。おはよ」

「目が覚めたのなら、離れてくれるかな」


 目覚めた彼女は、抱き付いていた事に恥ずかしがる様子も無く、一旦離した上半身を再び密着させた。

「アルト、暖かい。安心、できる」

「僕も心地よくってグッスリだったけど、そろそろ離れて。そう、朝ご飯にしようよ」

「アルトは、嫌い?」

「アンジュの事? 嫌いじゃないよ。むしろ、可愛すぎてドキドキしちゃうから」

「よかった。また会って、くれる?」

「うん。ここも自由に使って。二人だけの秘密の場所にしようね」

「うれしい」

 アンジュにとっての僕は、どういった立場なのかは判らないけど、再会の約束を喜んでくれるのなら僕も嬉しい。

 昨晩のスープの残りを温めて、二人して食事をしながら案内を買って出ると、大丈夫だと断られてしまった。

「あの。ママ、怒ると怖い。男の子と一緒、嫌かもしれない」

「そうだね。僕はよくここに来るから、また会おうね」

「うん。約束」


 その日、家に帰ると両親は諦め顔で迎えてくれた。

「そんなに行きたいのか、学校。ならば、遠縁の者がいるから頼んであげよう」

「お父さんにお願いしてもらうんだから、途中で投げ出してはだめよ」

「う、うん。お願いします。学校に通わせてください」

 正直、学校に通わせてもらえる事は嬉しかった。昨日までの僕だったら飛び上がって喜んだだろう。でも、そうなってしまえば三年間は戻って来られないのだ。

 アンジュに会う事ができなくなってしまうと思うと、魔術なんか諦めてこのまま村に残ってしまうのも悪くないと思えてしまう。

 たった一度しか会った事が無いのに?

 いったい如何してしまったのだろう。

「だからな、アルト。もう森にはあまり近付くな。あの森の奥には恐ろしい者がいるんだから」

「恐ろしいモノ?」

「そうだ。だから分ったな」

 恐ろしいモノとはなんだろう。どんな獣なのだろうか。

 でも、そういったモノが居るのならアンジュが危ないかもしれない。次に会った時に注意をしておかなければならないだろう。


 親の目を盗んでは秘密の場所に通って、四日目にアンジュと会う事ができた。

「久し振りだね、アンジュ。危ないことは無かった?」

「ん。だいじょうぶ」

「両親から聞かされたんだけど、森には危ないモノが居るんだって。だから、無理しないでね」

「危ない、者?」

「詳しくは聞いていないんだけど、危険な獣でも居るのかもしれない」

「そう。私の魔法、獣にも効く。危ない事、無い。それに……。アルト、勘違い」

「そっか。アンジュに危険が無いなら良かった。無理して怪我でもしたら大変だし、そうなったら悲しいからね」

「ほんとうに? そう、思ってくれる?」

 友達なのだから当たり前じゃないかと思ったけど、あまり人と話をしない子のようだから、笑顔で頭を撫でてあげる。


 ホッとしたような表情を浮かべたアンジュは、ギュッと抱き付いてきて本当に小さな声で「ごめんね」とだけ言った。心配させてしまったお詫びなのかもしれない。

「ありがとうで良いんだよ。それより、僕も謝らないといけない事があるんだ。街の学校に行けることが決まったんだよ。だから、そうなったら三年間は会えなくなっちゃう。でも、必ず帰って来るからね」

「行くまでは、会える?」

「うん。毎日でも良いよ。アンジュが都合の良い日はいっぱい会おうね」

 こうして、三日に一度くらいの頻度で会い続けて、翌年の夏に街へと旅立った。

 別れの挨拶は簡単なものだった。

「必ずもどって来るから、また会ってね」

「うん。ずっと待ってる」


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