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おとしものがかり

作者: 大崎楓

紫乃アカウントで投稿したものをこちらで再掲。

 拝啓、地球上の生きとし生ける皆様。

 わたくしは落とし物係です。

 失くしたものをお探しならば、ぜひ一度お立ち寄りください。

 落としたいものをお持ちならば、どうか一度お越しください。



 ***

 小さな丘の上に立つ小さな家に、わたくしは暮らしています。窓の外には青い海が広がり、一歩外へ出れば海風が草をさらいます。

 小さな木のテーブルに置いた赤い水玉模様のカップを手にして熱々のコーヒーを口に運びます。毎日欠かさない朝の日課です。食べ物はありません。わたくしは少しの間栄養を摂取しなくても生きていける体なのです。

 『カララン』と愉快な音を立てて扉が開きます。そこから不安げな顔をした男の子がこちらをのぞいていました。

 「こんにちは。あなたの落とし物はなんですか?」

 わたくしは彼に尋ねます。男の子は怯えたようにわたくしを見ます。

 腕の中のクマを抱きしめ男の子は言います。

 「おもちゃ。ママがきょうごみばこにすてちゃったんだ」

 「どうして捨ててしまったのですか?」

 わたくしは尋ねます。

 「ボクがいうことをきかなかったからおこっちゃったんだ」

 男の子は涙目になります。

 わたくしは少しばかり届いた落とし物の山を見つめます。

 「あなたはそれを拾いたいですか?」

 「…?すてられるのは、いやだ」

 男の子はくまの人形をさらに強く抱きます。もうすぐ首がもげてしまいそうです。

 「ならきちんとママに謝ってください。そうしたらおもちゃはなくなりません」

 わたくしは落とし物の山に手を突っ込んで真っ青な自動車のおもちゃを彼に手渡します。

 「ほんと!ありがとうおねえちゃん」

 男の子はそう言って去って行きました。手からくまの人形がすり抜けて部屋に取り残されました。

 わたくしの仕事はこれで終わりでした。



 ***

 今日もコーヒーを飲み海を眺めます。今日は向かいの椅子に首の辺りから綿が飛び出したくまの人形が座っています。わたくしのお気に入りです。

 『カララン』

 コーヒーを飲み干してぬいぐるみの頭を撫でていると、扉が開きました。

 今日は目つきの悪い少女が立っています。わたくしは少女に尋ねます。

 「こんにちは。あなたの落とし物はなんですか?」

 少女は赤い目で私を睨みます。

 「彼の心よ。ジュン君の心、返して」

 「どうして捨ててしまったのですか?」

 わたくしは尋ねます。

 「知らないわよ、そんなの」

 少女は吐き捨てます。

 わたくしは少しばかり届いた落とし物の山を見つめます。

 「あなたはそれを拾いたいですか?」

 「当り前よ!あたしにはジュン君しかいないんだから」

 彼女は両の目からボロボロと涙を流しました。目の周りが真っ黒でお化けと見間違えてしまいそうです。

 「なら彼とよくお話してみてください。そうしたらあなたの所に戻って来るかもしれません」

 わたくしは落とし物の山に手を突っ込んでハートのシールで封がされ、半分に破れたピンク色の封筒を彼女に手渡します。

 「どーも。じゃあね」

 少女はそっけなく言って去って行きました。破れた封筒の片割れが部屋に取り残されました。

 わたくしの仕事はこれでおしまいです。くまの人形を抱いて寝ます。




 ***

 今日もコーヒーを飲みます。そして飲み干します。

 今日は誰も来ませんでした。わたくしの仕事はありません。ベッドで眠ります。くまのぬいぐるみは床で留守番です。



 ***

 今日はコーヒーを飲む前にお客さんが来ました。

 『ガララン』

 荒々しい音が鳴り扉が破壊されます。わたくしが口を開くより早く、ただの木の板になったそれを放り投げて男性が言います。

 「捨てに来た。あの女への恋心だ」

 「どうして落としたいのですか?」

 わたくしは尋ねてコーヒーを飲みます。

 「うんざりだからだ。あいつはもういらない」

 男性は手に持っていた薄っぺらい封筒をわたくしのほうへ放ります。それは窓に立てておいてあった半分に破れたピンクの封筒とくっつくとわたくしの手の中へ納まりました。

 「承知いたしました。わたくしが受け取りましょう」

 わたくしは手の中の封筒の感触を確かめながら言います。

 男性は無言で去って行きました。

 わたくしは知らぬ間にあるべき場所へ収まった扉を閉めて手の中の封筒を見つめます。ピンクの封筒の上には大きなバツ印がついていました。

 わたくしは大きく口を開けてそれを一息に口へ押し込み舌の上で転がし、咀嚼し飲み込みます。久しぶりの食事です。

 わたくしの仕事はこれでおしまいです。くまのぬいぐるみはもうどこにいるのかも分かりません。今のところわたくしには不要です。



   ー終ー

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読ませていただきました。 私はこうゆう話好きです。自分ではうまくかけないので羨ましいです。
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