1 鈴木さんでは、ありません。
「うぉぉぉぉッ!! 消ゴムとシャーペン…つか、筆箱忘れたぁぁぁぁッ!!」
シーンとした試験会場の教室に1人の男の子の叫び声が響き渡る。
誰だよ、うるさいなぁ。
高校受験に筆箱忘れるとか、どんだけ抜けてるんですか? 私は今、最後の最後の追い込み中! 静かにして欲しいと思いながら声の主のをジロッと見る。
「げっ!」
そのうるさい声の主と目が合う。
知らないふり、知らないふりっと、イライラしながら持って来たテキストに視線を戻す。
「あっ! 鈴木さん!! 鈴木さん元気ぃ? 俺、俺だよ! 久々に会えて良かったよ!」
オレ、オレってどこぞの詐欺ですか? と思いながらも、知り合いが居るって事はその人から筆記用具を借りるはずだから、きっと変人は静かになる。ここに居る人達も静かに復習出来るし、変人も知り合いから筆記用具を借りれるなんて一石二鳥だね、良かった良かった。
その変人の知り合いなんだから、きっとその人も変人なのかな? 好奇心でもう一度そっちの方を見る。
……えっ!?
廊下側の席の変人は、何故か窓側の対角線上で一番遠い席の私に(?)笑顔でブンブン手を振ってる。
も、もしかして、私に向かって鈴木さんとか言ってる?
気のせいだと信じて思いっきり、私は変人から視線を反らして机に顔を伏せる。
いやいやいや、気のせいだよね?
私は鈴木さんじゃないから、私に向かって鈴木さんなんて言うはずがない、断じて違うと思いたい!!
この高校に合格したらこの試験会場に居る人達と、同じクラスになるかもしれないのに変人と知り合いだと思われて、私まで変人扱いされるのは勘弁して欲しい。
もぉ、やだぁ……と思ってると、誰かに背中をツンツンして呼ばれてるようだ。
「£%#&*@§ッ!!」
机から顔を上げて振り返ると例の変人が、居て驚きで変な声が出る。
「鈴木さん、お願いがあるんだけど……」
「ななな、なんですかぁ!?」
なんで、私のとこにワザワザ来るわけ?!
この変人のせいで周りの視線が悲しいくらい突き刺さって痛い。
「シャーペンと消ゴムとか2つづつとか持って無い? 鈴木さん……」
だから、鈴木さんじゃないんですけど!
なんて訂正するのも関わるのも面倒だから、余分に持ってたシャーペンと消ゴムをその人に黙って手渡した。
「うわぁぁぁっ!! 鈴木さん、本当に助かるよ!! ありがとう」
――お礼を言われたその時、ドキンと胸が飛び跳ねたんだ。
ただの変人、ただの変人。と、自分の胸に何回も言い聞かせたけど、なかなかドキドキしてる心臓は鳴りやまなかった。