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気休めの平穏

 かつて、俺には両親がいた。と言っても、かなり前のことなので、ほとんど記憶には残っていない。ただ、よく片手を母親に、もう片手を父親に握られていたことだけはしっかりと覚えている。色々な場所に連れて行ってもらった。景色のいい観光地、活気に満ちたアミューズメント施設。多くの人が商品をアピールする町。はっきりとは思い出せないけど、どれも楽しかったのは確かだ。

 でも、いつしか俺の手を握ってくれる二人は、いなくなっていた。

 気づいた時には、片方だけの手のひらが、別の手に握られていた。

 それが、彼女――紗季の手のひらだった。

 彼女は俺に優しくしてくれた。両親と同じように、色々な場所に連れて行ってくれた。

 中でも、綺麗な桜が舞い散る光景が印象に残っている。

 薄い桃色の花びらが、命を終えて地面へと落ちていく。儚い美しさ――そのことについて、その時の紗季はよく語ってくれた。


「わたしたちは、戦いの中に生きる運命。いずれは、この花びらみたいに、はらはら散っていく」

「早く散る花もあれば、遅く散る花もある。でも、それは関係ない。綺麗に散ることが出来れば、それは素晴らしいこと」


 暖かな記憶は、その後から急激に少なくなる。

 彼女に連れられて、俺は不思議な場所に頻繁に行くようになった。どこもかしこも白く清潔で、消毒液の匂いがする一室。何人もの大人が俺を取り囲み、俺の頭に何かを取り付け、計器を確認し、話し合っている。

「君は進化するんだ」

 そんな言葉を、よく聞かされた。そのときは、さっぱり意味が分からなかった。ただ、誰もが俺を祝福するように言うものだから、それが正しいことであると思うしかなかった。


「君は新たな骨格を手に入れる。強靭な外骨格……誰も君を傷つけられなくなる。君は敵を排除できるようになる。みんなを傷つける敵を」


 その部屋に気が遠くなるほどの回数通い詰めたとき、俺はついにこう言い渡された。


「準備は終わった。これで、君のお母さんとお父さんの仇を討てる」


 お父さんとお母さんの仇――そう言われたところで、ピンと来なかった。もっと俺が憎しみを露わにすることを期待していたようで、その場にいた誰もが困惑していた。でも、俺はよくわからないまま、初めてフリードに搭乗した。


「敵の動きを待て。動きを見てから、その隙に仕掛けろ」


 隣には、自分と同じ機体が並んでいた。その機体が俺を振り向いて、同時に紗季の声が無線を通して響く。俺は彼女が以前と少し違う気がして、怖かった。でも、紗季であることは確かで、俺は彼女を信じ続けた。

 不安になったときは、同年代の仲間とよく話した。その時から、美佳とは仲良くしていた。和人や聡とも、その時からの長い付き合いだ。

 そして、ついに実戦の時が訪れた。俺は美佳たちや紗季と共に、ワームと対峙した。

 最初はどうすればいいかさっぱりわからなかった。死ぬかと思ったけど、紗季の命令だけは忠実に守り、訓練通りに体を動かした。結果、誰も死ななかった。

 まさに、天才としか言いようがなかった。

 紗季の鬼人のような強さは、あの時から、変わっていなかった。


・・・


「あ、起きた。おはよーう」


 目を開けると、私服姿の美佳が声をかけてくれた。辺りを見回すと、どうやらここは休憩室。しばらく次の出撃まで、ゆっくり出来るようだ。


「俺、どうしてたんだ」

「なんか、フォートレスに帰ってもフリードから降りてこないから、整備員さんが中を確認したら、気絶してたみたい。過労じゃないかーって」

「そんなもんか」


 俺は体を起こして、伸びをする。疲労感があるのはいつものことだ。疲れが溜まって、ついにダウンしてしまったというところだろうか。それとも。

 同一性障害――

 そんな言葉が、思い浮かぶ。戦闘中に訪れるあの感覚は、それが進行しているサインだと聞いたことがある。同一性障害が進行すると、こういう風に気絶することが多くなる。そしてついには――


「辛気臭い顔してんなー。せっかく目、覚めたんだし、どっか出かけようよ」

 うなづきそうになって、ようやく俺は洞窟内での出来事を思い出す。

「あの女の子は!」

「そんな大声出さなくても。今、検査を受けてる。なんてったって、外部での生存者だからね」


 美佳にくすくすと笑われて、ちょっとイラつく。


「お前もあの時はテンパってたくせに。まるごと片腕は高くつくぞ」

「それは俊希もでしょ。ごめんごめん、わたしが悪かったって」

 謝る美佳を置いて立ち上がる。まだ少しふらつく体を無理やりしゃんとさせる。

「無理してない?」

「ちょっと様子を見たいんだ。あの女の子の」


 あのおびえる顔を思い出すと、ぼうっとしていられなかった。美佳がしょうがないな、という顔で俺についてくる。

 休憩室を出ると、ちょうど通りすがった人影があった。

 ふらり、と徘徊するかのような足取りで、すぐに誰かわかった。傍に聡がついて、倒れないように支えている。


「よ、和人」


 声をかけるも、和人の反応はない。どこか遠くの方を見ながら、ただ歩き続ける。

 和人は、同一性障害の末期症状患者だ。フリードに乗るにつれて少しずつ蓄積していく体への本来ありえない負荷――脳が自分の身体ではないものを動かすという負荷。パイロットが抱える宿命。和人は少し発症が早かった、というだけの話で、いずれは俺も陥る障害だ。


「聡のこと、今日はたのむね」


 美佳が申し訳なさそうに言って、二人は静かに廊下の向こう側へと進んでいった。


・・・


 omega小隊は、フォートレス内で最強の部隊だ。

 クリスタルを全身に纏った完全な重武装フリード、選抜され卓越したパイロット。まさに盾と矛を備えたその実力は、誰が見ても明らかだ。

 紗季はその中でも圧倒的な戦闘力を持っていた。仲間に対する的確な指示、無駄のない身のこなし。まさに完璧とでもいうべき強さだった。

 だからと言って紗季であろうと、普通の人間である限り、永遠に戦い続けることは出来ない。彼女は一旦戦場からフォートレスに戻り、わずかな休憩時間を得ようとしているところだった。

 機体ドッグに戻ると、ちょうど仲間の機体が起動中だった。紗季は自分がいない戦場を任せるために指示を飛ばす。


「亜衣、わたしは休息時間にはいる。しばらく戦線を維持してくれ」

「OK! 任せて」


 二人とも起動を終え、ドッグの出口へ向かっていく。

 亜衣はomega小隊の中では狙撃手、仲間をサポートする立ち位置だ。上手に年齢を重ねたことを示す大人びた振る舞いと、女性らしさにあふれたスタイルで、多くの男の同僚たちを魅了している。男性との噂が絶えないが、そういう仲になった男を財布として扱う癖があり、一部では「可憐な食虫植物」という呼び名がある。完全な重武装フリードは搭乗者に対する負荷も少なく、俊希や美佳などの若輩パイロットたちより格段に経験を積んでいるにも関わらず、未だに同一性障害に蝕まれてはいない。


「外部での生存者が見つかったらしいじゃない」

「ありえないことだ。フォートレス以外に、人類安住の地はないんじゃなかったのか?」


 そんな無線通信と共に、格納庫の奥から、もう一機のフリードが現れる。


「壮馬、お前も出撃か。昨日のことだが、賭けみたいな戦法はもうやめろ、と整備員からわたしが怒られた。今日ばかりは機体の損傷を直してもらえないかもしれないぞ」


 壮馬はomega小隊の中でも風変わりな戦い方をする。一切防御を考えない戦い方だ。入隊当初は至って真面目で、基礎の基礎を忠実に守った戦法を取っていて、それゆえ高い成績を残し、異例のスピード出世でomega小隊に入隊した。しかしある時から彼は一変し、無謀ともいえる攻めるだけの戦い方を始めた。本来即死するはずの戦法だったが、完全な重武装フリードはその防御力で搭乗者を守り、今も壮馬は前線に立っている。

 壮馬は持てる装備を最大限活用し、最大限の成果を上げていると捉えることもできた。機体の整備費を抜きにすれば。


「そんなことよりビッグニュースの話をしたくないか? 外部生存者……前代未聞だぞ」

「なんらかの集団がフォートレスに近づいている可能性がある」

「我々以外にもこんな世界で生きようとする奴らがいると? 信じられないな」

「状況から考えれば、それが一番可能性のある話だ」

「ふーん、まあ、それならそうでわたしたちは一肌脱がなきゃいけないわけね」

「これ以上の戦闘員への負荷は避けたいが、他に方法がない。そのときはomega小隊全員で対処する可能性を頭に入れておくべきよ。備えておいて」

「無駄話はここまでにしておこうか、亜衣。そろそろ出発時刻だ。俺と戦果で勝負しないか」

「はいはい、今日も楽しいお仕事」


 二人はそんなどうしようもない会話をしながらフォートレスの外へと出て行った。

 会話を終えてフリードの電源を落としながら、紗季は考える。今、二人に言ったことは気休めに過ぎない。もっと悪い可能性を考える必要がある。

 フォートレスの外に人間が存在するなど、あってはならないのだから。


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