Epilogue
薄暗い宿屋の一室。
仄かな灯りの一つはベッドの脇に置かれたカンテラのそれだけ。
そして一つのベッドの上で起き上がる影が一つ。
彼女の名前はローグル・レイ。かつて三武将と呼ばれ恐れられていた女だ。彼女は薄手のチュニックを身に纏い、寝るのに楽な格好だった。
「寝たか?」
声をかけたのは、もう一つベッドを挟んだ位置に横たわるゼノ・レーク。彼もまた三武将と恐れられた者であったが、先の決戦でとある少年に敗北して心に空虚な穴を空けていた。彼もローグルと同様に楽な格好で、薄手なシャツにゆるいズボンだ。
そして彼女はコクリと頷いて意思を示す。
基本的に彼女は口を開く事が少ない。それは暗殺者という役職からなのだろう。
それが今日の彼女は何かが違った。
「えぇ。疲れていたようね」
ゼノは僅かながら驚いた。彼女が女性らしい言葉遣いをするのは初めて聞いた。
「どうしたの?私が喋れないと思ってたのかしら?」
「いや、そういうワケじゃねぇけどよ…………」
長く艶やかな黒髪は寝る為に後ろで縛っており、それが更に妖艶さを醸しだしていた。
ローグルはベッドから降り、少女の布団を掛け直すとゼノのベッドに歩み寄る。そのままゼノに覆いかぶさる形でゼノのベッドに入る。
「なんだ今日のお前はえらく饒舌だし積極的だな」
「今日助けに来てくれた時うれしかった。なんだろうね、この気持ち」
ローグルは頬を染めて更に体を寄せる。
「俺も妙な気持ちがある。あの子供に関わった時からだ」
「私はあなたと関わった時から……」
ローグルは更に身を寄せ、ほぼ抱きつく形になり、ゼノの耳元で静かに囁きかける。
「(私の名前は本当の名前ではないの)」
「(分かってた。お前ぇみたいな奴は本名を明かす感じじゃねぇもんな)」
ローグルは薄い笑みを浮かべた。
「(今から教えるね。私の名前)は」
「(リーナ・アリスン)」
「(そうか……)」
対するゼノの返事は淡白なものだった。
「(それも嘘なんか?)」
「(うぅん。これは私の本当の名前。あなたにだけ知って欲しかったの)」
ローグル改めリーナは少し体を離し、ゼノの眼を見つめた。リーナはゼノの真紅の眼を見つめていたかった。自分の心が熱くなれるその眼を。
しかしゼノはそうさせなかった。両腕をリーナの背に回し、強く引き寄せた。
「(どっちがお前の本名でも、俺たちの関係は変わらねぇ)」
「(それって期待していいのかしら?)」
「(さぁな)」
とある宿屋の薄暗い一室。
そこに居たのは決戦に負けて心にぽっかりと空いた者が二人と、奴隷として扱われた一人の少女が一人。
彼らは心に空いた空虚な穴を互いに求め合う事で癒やす。
彼らは眠りに就く。明日も生き延びる為に。
皆様のおかげで今作も無事完結する事が出来ました。
今回の主人公はゼノ・レーク。あのリアンさんと敵対していた方です。
彼の性格は殺す事を楽しむような残虐な感じでしたが、先の決戦の結果でどう変わったのかを見ていただきたく、このような話の構成になりました。
次はリアンさんが活躍してくれるはずです!!