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剣戟の幻想物語 2 折れた剣  作者: やきたらこ
空いた穴を埋めるモノ
6/8

5.

 夕日がゼノの顔の左側を朱く照らす。


 チッ

 舌打ちをし、走る速度を速めた。

 大通りを走っているというのに、誰一人としてゼノにぶつかりはしない。

 彼の持ち前の反射神経が通行人を避けているのだ。

 ある人は彼の為に道を空ける。よそ見をしている男性や、談笑に夢中の少女たちを横にけて急ぐ。

(しかし、襲った奴らは一体なんの目的で?)

 くれないの街を疾走しつつ考えを巡らせるが答えなど出ない。

(後で問い詰めりゃいいだけか)






 両手両足はキツく縛られている。

 頬に受けた青紫のアザがジンジンと痛みを伝える。

 傍らに横たわる少女は気絶している為、自分からの反応が無い。

 縄がかなりキツく縛られているせいで、抜け出すことも叶わない。

 彼女と小さな少女を囲むのは数人の男たち。ざっと八人くらいだろうか。この程度なら軽くあしらえるレベルの戦闘力を持つ彼女だが、守る事は不得意だし得物も無い。

「なんで子供コイツの為にここまでやらなきゃいけないんスカ?」

 男の一人が誰かに向かって質問を投げかける。

 闇の中から出てきたのは昼間の小太りな男だった。

 ローグルは目を驚愕に見開く。予想だにしない人物だったからだ。

「気に食わねぇ奴をボコる為だ。だから金さえあればこうして動くお前らに動いてもらってるんだ」

 小太りな男はその醜く出張ったお腹が乗るズボンのポケットから青いフールの実を取り出し、かじる。

「いつまで、手間取ってるつもりだ!! 速く伝えろ!!」

 小太りな男に怒鳴られた両腕を組んで祈るような格好の男は首をすくめた。

「スミマセン。術式の構築に手間取っちゃいまして」

「分かった!! はやくしろ!!」

 怒鳴られ、術式を構築中である薄着の男はまたも首をすくめた。

(聞こえてくる式句から、恐らく念話テレパシー誰に伝えるのかイマイチ分からないけど)

 術式を分析しているうちに目つきが鋭くなってしまう。


 その時、ローグルの腹部に強い鈍痛が走った。

「ごっ……はぁ…………」

 座っていた体勢が一気に地面に崩れる。手足の自由を奪われている為、受け身を取る事も出来ない。

「おい、女ぁ!! てめぇなんて目してやがる。自分の立場わきまえてんのか?」

 更に数回、別の男の蹴りが刺さる。

 腹部に蹴りが刺さる度に鈍痛が頭の中を駆け巡る。

「なんか、喋って見ろよぉ」

 男は蹴りを続けながら挑発するが、ローグルの引き結んだ口元は開かない。

「俺、待つの飽きたからコイツで遊んでいい?」

 蹴られている為にブレる視線を移すとまた別の、巨大な大剣を背負った男が足小さなで少女の頭をつついている。


 胸のうちに渦巻く感情がローグルの口から迸った。

「駄目!!!!――――」

 普段の彼女からは想像もつかない声量だった。

 蹴り続けていた男も思わず足を止める程の美声だった。妙な静寂が場を包む。

「そいつのいう通りだ。奴隷基本法ってのがあってだな、いかなる理由があろうとも他人の奴隷に手出し出来ないってな感じのものがある」

 小太りな男が告げると、足でつついていた男は下がる。しかし、男の発言に強烈に反発した者が一人。

「違う!! この子は奴隷なんかじゃない!!」

 儚く細い声だった。しかしそれと同時に力強く凛としていた。

「その子はそんなモノじゃない!!」

 ローグル自身でも分からなかった。何故、名前も知らない少女が蔑まれている事に猛烈な拒否感を感じるのか。そして彼女は普段のポリシーを完全に無視して叫んでいた。

 それを聞いた小太りな男はニヤリと笑い、血を吐くように吐き捨てた。

「それじゃ奴隷じゃないんだったら、遊んじゃってもいいのか?」

「それは…………」

 押し黙ってしまう。


 なんという皮肉だろうか。

 少女の名誉を庇えば暴力が少女を襲う。

 しかし少女を蔑めば危機を回避出来る。

 どちらにしてもローグルの心は死んでしまう。


 どちらも見たくなかった。


 茶髪のショートの少女が蔑まされるのも。

 その少女が暴力のもとに晒されるのも。


 ローグルは決断が出来なかった。

 押し黙ってしまい、答えが出せない。それをいいことに男たちは、その足を動かした。


 やってはいけない。

 分かっていたが、その両目を閉じてしまう。汚い現実から目を逸らすように。小さな少女がボロボロになるその瞬間から逃げるように。



 いつまで待っても少女が足蹴にされる音は響かなかった。

 代わりに人が倒れる音が薄暗い倉庫に響く。


 目を開けた。

 捉えたのは、入り口から伸びる夕日を背光に佇む人物から放たれた一本の紫の死線。

 その死線は、放たれたと同時にローグルの近くに立つ男の脳を正確に撃ちぬいた。

 ローグルはその少年を知っている。正確無比な狙撃をやってのけた少年を。ぶっきらぼうな言動に隠れがちだが、根は優しいその少年を。今まさにローグルと少女を守ろうとしているその少年を。


「ゼノ――――」

 無意識のうちに彼の名を呼んでいた。

 自然と溢れ出たその雫は目の縁に溜まり、やがて一筋の涙となった。


「よう。こんなクソッタレなパーティーへの招待をありがとよ。お招きにあずかり参上つかまつってやったぜ」

 紫がかった髪を揺らす少年の声が一瞬の沈黙を持つ倉庫に響く。

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